4.友達

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4.友達

 人間という複雑怪奇かつ難儀な生き物をやりながら、日々生活をしている限り、禁句というものはどこかしら何かしら付きまとい、常に意識しなくてはならないものだ。要するに、誰にしも一つや二つ『言ってはならんこと』というものがあるわけで、それを忘れてしまったとき、人は痛い目に遭うものなのだろう。  ここでわかりやすい一例を紹介しよう。  朝の学校。騒がしくも慌ただしい、授業開始前のクラスメイト達による、他愛もない会話シーンを想像してみてほしい。  挨拶は神聖な行為。おはよう。こんにちは。さようなら。どれ一つとっても決して欠かすことのできない、極めて重要なものなのだ。爽やかな挨拶を交わすことで人々は笑顔になり、きっと無意識のうちに未解明なヒーリング効果があったり、謎の免疫能力が高まったりする可能性が多分あるのだろう。挨拶のおかげで平均寿命を何年か押し上げたりしちゃっていて、健康維持によって保険料の節減なんかにもなっていたりするかもしれない。恐らく。 「純也、おはよ」  いつもよりちょっと遅れて教室へと入ってきた純也に、一言挨拶をする紗理奈。 「よっ。サリーちゃんおはよ」  そしてそれに対して爽やかに返す純也。だが、純也の一言には、紗理奈にとっての禁句が隠されていたのであった。 「純也」  彼女はそういった『おちょくってる』ようなことを言われた場合、顔は笑っているけれど決して目は笑ってなくて、額に血管マークがびきびきしながら浮気出てしまうタイプのキャラクターなのであった。  つまるところ、血気盛んというか血の気が多いというか、強気系のヒロインなのだ。そういう子は得てして、キャラクターの人気投票ではなかなか一番人気にはなれなさそうな悲劇を感じさせるものだ。華やかなメインヒロインの引き立て役に過ぎないような、誠に損な役回りなのである。 「あ?」 「わかってるな? ちょっと歯ァくいしばれや!」  ばきっと一発、乾いた音。紗理奈の気合がこもった鉄拳が純也の頬をクリーンヒットするわけだった。……無論、それなりに加減はされているが、少女らしい細い腕の割に、威力については一級品だ。 「いでっ! あにすんだよサリーちゃん!」  ああ、こいつ、何もわかっちゃいねえ。だからなぁ、と紗理奈は拳を握る。お前がそういうことを言わなきゃ、最初から何も起こらないんだと、思いながら。 「あんたねぇ……! あたしのこと、サリーちゃんって呼ぶなーーーっ! いつもそう言ってんだろが!」 「あぁ? なんでだよ? 紗理奈だからサリーちゃんというあだ名がつくのは別に不思議でもなんでもないだろ? ほらあれだ。大昔のアニメだよ。魔法の国からやってきたちょっとチャーミングな女の子みたいで、何だか可愛いじゃんかよ! 何だっけ? キャワッフレパパだったっけ? マタールハーマラフーラッパだっけ? そんな感じの言葉を……」 「そういうことが問題じゃないっ! あんた、わかってて言ってんでしょうが!」 「……。うん? あぁ、なんだ。紗理奈はもしかしてあれか? ただ今売り出し中の本格清純派アイドル系AV女優『藤乃紗理奈ちゃん18歳』と同姓同名なので、彼女がSNSでみんなに、『私のことはこう呼んでね!』って公言しているニックネームの『サリーちゃん』と呼ばれたことが気に食わないのか?」  思春期真っ盛りな紗理奈にとってそれは、やめんかコラと常々思っている事なのだった。つまりは、サリーちゃんという言葉は彼女にとって紛れもなく禁句なのだ。 「その通りだよ純也。やっぱりわかっててやってるじゃないか」 「はっはっは。そんなわけあるわけがないわけないに決まってじゃないか」 「……。つまり、あるってんだな?」  で、当然の如く本日二発目の『ばきっ』という音。純也はもはや、このようにされるとわかっていて、あえて言っているのではなかろうか? もしかすると、強気な女の子の拳でドつかれるのに快感を覚えるような、ドMな性格なのかもしれない。  それはそれで、紗理奈が聞いたらドン引きしそうな内容だ。 「痛い……。ほっぺがひりひりする。なんかもう、ひたすら暴力的だぞ紗理奈。きょうび、暴力ヒロインなんてのは人気が出ないもんだぞ?」 「あんたが余計なことを言わなきゃ、いちいち殴ったりせんわい」  てなことを二人でやってると……。 「よぉ。サリーちゃんおはよー」  クラスの賑やかし連中が揃って登校してきたのだった。  最初に声をかけてきたのは三馬鹿トリオの一人で、リーダー格の松田くんだった。アニメ同好会に所属しており、衣装作りの達人なのだ。高性能なミシンを手足のごとく使いこなし、どんな衣装でもあっという間に作ってしまう彼の事を、よく知っている人は高く評価していた。神のミシン使いだと。 「サリーちゃん、どしたの? 相変わらず純也とじゃれてるねえ」  同じく三馬鹿の一人、眼鏡をかけた知性派の竹本くん、通称ハカセが続いて入ってくる。 「あれれ? もしかしてサリーちゃん怒ってるの?」  またまた同じく三馬鹿の一人で、大柄なのんびり屋の梅沢くんが、紗理奈のハートにとどめをさした。  このアニメ同好会に所属している三人を総称して、三羽烏ならぬ三馬鹿烏と、クラスメイトのみんなは呼んでいた。もちろん純也もそう呼んでいた。そんな奴等が三連続で教室に入ってきたのだ。紗理奈のことを口々に『サリーちゃん』と呼びながら。 「あーあ。燃え盛る炎に油をどぼどぼ注いじゃってまぁ……」  わなわなと震える紗理奈。心なしか、こめかみのビキビキが大きくなっていくように見える。三人は見事に紗理奈という名の強~い高レベルなドラゴンの逆鱗にぺたぺたさわさわと、指紋が着きそうなくらい触れてしまったのだ。  ドラゴン、か。もし紗理奈がドラゴンだとすると、やっぱりブルードラゴンだろうなと純也は何となく思った。何故ならば、青い瞳がとても印象的な女の子なのだから。  それにしても、黙っていれば普通に可愛いのに、どうしてこうもやかましいのだろうかなぁ。勿体ないなぁと、しみじみ思うのだった。この騒ぎが誰のせいなのか、まるで無視して。 「ああ怒ってるさ怒ってるさ怒ってるさ! てめえらああああーーーーーっ! そこになおれやーーーーーっ!」  そして次の瞬間、紗理奈山という名の活火山が見事に大噴火したのだった。 「わーーーーーー!」 「大魔神様のお怒りだーーー!」 「さ、サリーちゃん落ち着いてーーーっ!」 「だからあたしのことをサリーちゃんって呼ぶなっつってんだろうがああああっ! 誰が落ち着くか馬鹿野郎共があああああ! はったおしたるわーーー!」  紗理奈の怒りが、クラス中に炸裂していった。  大層騒がしいが、あーまたやってらと、クラスの誰もが皆慣れきっている様子で、全く止めようとしたりしない。相手にもしていない。放っておけば、騒ぎはそのうちおさまるとわかっているのだから。 「さささ、サリーちゃんといっても魔法の国からやってきたちょっとチャーミングな女の子かもしれないじゃないか!」  松田くんが、先程の純也と全く同じことを言っている。基本的なメンタリティーは純也もこの三人と似たり寄ったりだということだろう。 「そそそ、そうだよ!」 「おおお、おちついて! さ、紗理奈と同姓同名のセクシーな新人AV女優さんがいるからって、その人と紗理奈が似ているとは限らないじゃないか! いや、結構似ているんだけど! あっちもショートヘアだし。でもでも、どっちも可愛いよ!」  竹本くんが松田くんに同意し、梅沢くんがフォローになっていないフォローによって紗理奈を落ちつかせようとする。とても逆効果だった。 「やかましい! てめぇらそこになおれや! しばき倒したる!」  それはそうと、いつものようにいつものような馬鹿騒ぎが続いている中で……。 「……」  教室の後ろの方の席にて。誰からも忘れ去られたように、ちょっぴり困惑しながら苦笑してる女の子がいた。  力強く暴れまくる紗理奈とは正反対の、穏やかな雰囲気をした子。手持ち無沙汰で、ちょこんと椅子に座っている彼女の隣の席に、やれやれといったように座る純也。 「ま、大体いつもこんな感じなんだよ。うちのクラスはさ」  事の発端のくせして、ぬけぬけ言っている純也。 「そうなんだ」  紗理奈の凶暴……いやいや、活発な感じとは正反対に、静かで穏やかで落ち着いた感じのその娘は言うまでもなく、今日から学校に戻ってきた日向だった。  今日は、職員室にて担任と話があるとかで、純也よりも先に登校していたのだった。  ちなみに、あれから日向はコンタクトレンズをつけるようになったのか、眼鏡をかけてはいなかった。それだけで随分と印象が変わるなあと、純也はしみじみ思っていた。……眼鏡姿も好きだけど、外した姿も同じくらい好きだよと、口に出したらみんなから『のろけるな!』と、言われそうなことを考えていた。  十月の中旬頃に事故に遭い、かれこれ二ヶ月近くがたっていた。純也には、時の流れがあっという間に感じられる。 (あれからもう、そんなにたつのか)  この感じは久しぶりだ。純也は純粋に嬉しいと思った。好きな子がクラスに戻ってきて、しかも自分の隣の席に座っているのだ。最高に恵まれた学校生活がまた、戻ってきたのだ。そう考えれば、長い二ヶ月間だったのだろう。 「賑やかでしょ」 「あは。……そ、そうだね」  戸惑いながらも、おかしくてくすくす笑う日向。と、そんなところにまた声をかけてくる人がいた。日向とはまた別の、穏やかそうな女の子の声。 「ひなちゃん、沢村くん、おはよ」 「や。鈴木ちゃんおはよ」  背後から、小柄な女の子が声をかけてきた。  ええと、この子の名前は確か、鈴木優子ちゃん、だったっけ?  日向の記憶には、残念ながらそれほど大きなイメージが残されてはいないが、名前だけはかろうじて思い出せた。何度か病院にお見舞いに来てくれて、それでお話をしているから。 「ひなちゃん、久しぶり」  地味にまとめた二本の三つ編みが、特徴といえば特徴的な女の子。日向が記憶を失う前は、よく一緒に話をしていたという親しい仲だった。日向にとっては紗理奈と同じく、親友と呼べる関係なのだろう。 「優ちゃんは、ひなちゃんや紗理奈と親しいよね」 「うん。そうだね」  つまりは、日向にとっても紗理奈にとっても、共通の友達といったところなのだろうか。残念ながらそのイメージは、日向にはまだまだ浮かんでこないでいた。 「ごめんなさい。まだ、よく思い出せていないの……」  こういうときは流石に落ち込む。日向がうつむくと……。 「ううん。そんなこと気にしなくていいよ。無理しちゃだめ」  そう言って、優子は日向に向かって優しく微笑みかけた。  物腰も、声を聞いていても、とても優しい人なんだという印象を日向は持っていた。やわらかくてほわほわしたような、そんな感じ。  紗理奈と純也は言ったものだ。ひなちゃんと優子ちゃんは、どこか似てるところがあるんだよと。きっとそうなのだろう。外見は全然違うのだけども、日向には、何となくわかるような気がした。  仲良しな友達が事故に遭ったことを知った。その一報を聞いたとき、優子は言葉を失った。一瞬、最悪な状況を想像してしまった。もう二度と、お話ができなくなってしまったのだろうかと。  けれど、命に別状は無さそうだということを続けて聞いて、心底ホッとした。本当に、呆然としたものだ。でも、どうなってしまったのだろう? どうか無事でいて、と思った。 『ひなちゃん。大丈夫?』  状況が落ち着いてから、クラスメイト達数人と一緒にお見舞いに行った。そこには、みんなのことを忘れてしまった親友がいた。  日向が向ける悲しそうな眼差しに、優子はあえて笑顔で接した。こういう時、あくまで今まで通り、普通に接してあげるのが一番だと思ったから。自分まで一緒に悲しくなったり、暗くなる必要なんてどこにもないのだから。 「私は優子。鈴木優子、だよ」  実に特徴の無い、普通すぎる名前だなあと、優子は名乗っていてしみじみとそう思う。  まあでもその分、キラキラネームと呼ばれるような奇っ怪さに苛まれることも、難読さ加減にうんざりすることもないのだ。そういう意味では、両親に感謝していた。普通の名前をつけてくれてありがとうと言いたい。 「ひなちゃんからは、優ちゃんって呼ばれてるよね」 「うん」  優子は思う。日向とは、高校生になってから出会って、それから仲良くなった。いろんな意味で気が合って、話題も合って、お話をするのが楽しい。読書が趣味だったり、編み物が好きだったり、そんなところが共通していたのもあったのだろう。優子にとって日向は親友だ。日向の方も同じように思っていることだろう。きっと。 「そうなんだ」  傷ついてしまった親友の力になりたい。助けてあげたい。けれど……どうすればいいのだろう? 果たして自分に何ができるんだろう? 何かしらできるはず。優子は真剣に考えた。そして、導き出された結論は一つ。 (いつも通り。普段通りに接してあげること。かな)  そうだ。きっと、それが一番いいのだろう。全く大げさなことではない。  紗理奈もいる。純也もいる。そして私もいるよと、優子は日向に笑顔を見せるのだった。一人じゃないよと。  代わり映えのしない、裏を返せば強靱とも言える日常こそが、日向にとって自然治癒の作用を果たしてくれることを、優子は期待していた。  と、そんな時のこと。 「っとに。朝っぱらから手ぇ焼かせんじゃねえっての」 「うぅぅ……。痛い……」 「もう、だめ……」 「ぎぶ……」  ぱんぱんと、手を叩いて埃を払う紗理奈。 「お疲れ。最強伝説、ここにありだね」  松田くんをはじめとした三馬鹿集団が屍と化していた。紗理奈の背後には無様な残骸が見え、うめき声が聞こえている。 「戦闘終了?」 「おうよ。……っていうか、何であたしが朝っぱらからこんなことせにゃいかんの?」 「そりゃ、みんなからサリーちゃんって呼ばれて逆上したからっしょ?」 「そもそもさ。それ、誰が最初に言ったんだっけ?」 「さあ?」  元を正せば……! 「純也」 「何かね紗理奈くん」 「てめえこのやろすっとぼけんなあああーーーー!」 「わっはっはっはははは! 何のことかな~~~!」 「逃げるんじゃない! こらーーーーー!」  脱兎のごとく逃げ出す純也と、追いかける紗理奈。 「沢村くん、紗理奈ちゃん。そろそろホームルームがはじまるよ~」  コミカルな二人を見てくすくす笑いながら優子は言い、日向は困ったようにはにかむのだった。 ◆ ◆ ◆ ◆  ホームルーム中。教卓の前には、担任の男性教師と日向が立っていた。  担任は改めて、日向が現在置かれている状況について、クラスの全員に詳しい事情を説明しているのだ。 「……というわけでみんな、桜美のことをよろしくたのむぞ」 「はーーーい!」  返事は見事にハモった。もっとも、クラスのみんなは既に大方の事情を知っていて、先生の説明はあくまでおさらいのような状況なのだった。  こうして日向は晴れて、学校に復帰することになったのである。もちろん定期的に通院し、注意深く様子を見ながらという条件付きだけれども。 「桜美。何か一言、みんなに言ってくれないか」 「え? あ、は、はい。 あの……。えっと。私、その……。記憶、全部じゃないけど中途半端に無くしちゃって。……ごめんなさい。その……。いっぱいご迷惑、おかけしちゃうと思うんですけど。宜しく、お願いします」  立場が特殊過ぎるゆえに、何と言っていいのかわからず戸惑う日向。その様子はクラス全員の庇護欲をかき立てた。男子も女子も、誰もが皆優しい気持ちになって、彼女を『守ってあげたい!』と思ったのだった。 「大丈夫! 日向ちゃん心配しないで!」 「そうそう! 僕たちがついてるから!」 「純也なんかあてにしないで、困ったことがあったら何でも言ってね!」  眼鏡を外して困り顔の日向は物憂げで儚げで、まさに守ってあげたくなる可憐な美少女さんだった。それを見て、特にクラスの男子連中が一斉に騒ぎだしたのだった。 「うぅぅぅぅっ! 日向ちゃんの眼鏡がぁぁぁ!」  ……ごく少数ではあるものの、眼鏡娘好きの男は泣いていた。だが、まあ、そんなのは無視しておいていいだろうと純也を始めとするクラスメイト達は思った。 「おまえらなぁ」 「純也! 日向ちゃんのことは俺達にまかせておけ!」 「そうだそうだ! 大船に乗った気分でいとけ!」 「このお調子者共が!」  記憶を失った日向を見て、これはチャンスとばかりに言い寄る男子達。言うまでもなく、抗議する純也。 「っとに、ウチの野郎共はどいつもこいつもハイエナみたいな連中だねぇ。下心丸出し。見え見えすぎだっつーの」  やれやれといった感じの紗理奈。 「みんな、ひなちゃんのことを心配しているんだよね」  みんなの気持ちを知っているからか、微笑む優子。 「だといいんだけどねぇ」  そして極めてさりげなく、先生の口から重大な発表がなされた。 「あー。まあ、そういうわけだから、今日からしばらく沢村が学級委員長代理な」 「……は?」  青天の霹靂。ハトが豆鉄砲食らったような表情の純也。今、何とおっしゃいました? とでも言いたそうだ。 「四月頃、桜美を学級委員に強く推薦したのはお前だろ? その桜美が学級委員をできないのだから、責任をとって代わりにお前がやれ。異論は許さん」  確かに、純也は日向をすごく積極的に推薦したのだった。そんなこともあったね。うん。 「な、何のことっすか?」 「すっとぼけても無駄だ。今日、早速放課後に委員会があるから、さっさと帰ったりするなよ?」 「そ、そ、そんなご無体なぁぁぁぁっ!」 「はい、ホームルーム終わり。日直、号令」  先生はあっさりと純也を無視してホームルームを終わらせる。純也を除いたクラスメイト達も、日直の号令に従って立ち上がる。 「起立。礼」  放課後は帰宅命の純也にとって、これ程のむごい仕打ちはなかった。しかしながら、彼は同情に値する男ではないのだ。 「ああああ。僕の優雅で快適な帰宅部ライフがああ」 「あー。まァ、それについては自業自得っつーやつだなこれは。せーぜー頑張れや純也」  まるで同情してくれない紗理奈。しかし、日向だけは違っていた。 「あの……。どんなことがあったの?」  当事者ながら、状況が状況だけに事情を覚えているわけもなく、きょとんとする日向。紗理奈と優子は丁寧に教えてくれる。 「えっとね」  ――それは、春先のことだった。みんなが二年生に進学した頃。 「学級委員に立候補する者はいませんか?」  書記の子がそう言った瞬間、教室内がしーーーーんと静まり返る。挙手した人、ゼロ。だれも手を挙げなかった。 (んなもん誰もやりたかねぇよ)  つまるところみんな、放課後は部活に励んだり、あるいはとっとと帰って遊びたかったりするわけだ。とはいうものの……。 「では、推薦を受け付けます。誰かふさわしいと思う人はいませんか?」  クラスごとにいろいろやるわけだから、該当者無しによる不在というわけにはいかず、推薦という名の押し付け合いになるのはある種、恒例行事なのであった。 「はいはーい。竹ちゃんがやりたいって言ってまーす」  純也いわく、全然めでたくない松竹梅な三人組のリーダー格でお調子者の松田くんが同じく三人組の一人、博識な竹本くんにその役を押し付けたのだった。 「ええっ!? 言ってないよ! じゃあ俺は梅ちゃんを推薦するよ」 「そこで何で僕に振るかな」  同じく三人組の一人、のんびり屋の梅沢くんにも火種が飛んで来た。 「じゃ、僕はまっちゃんを推薦するよ」 「おいおい、なんで俺を巻き込むんだよ!」  それは、元凶だから仕方がないことだ。このようにして、三人組による無責任な押し付け合いの推薦トライアングルが完成した。よくあることだ。 「松田くんに竹本くんに梅沢くんですね。他に推薦する人はいませんか?」  書記が黒板にチョークで名前を書き込んで行く。 「……じゃ、僕は紗理奈を推薦しよっかな」  と、さらりと無責任なことを呟く純也。 「まてまて。あたしはもう図書委員に決まったんだけどさ」 「紗理奈なら兼任でも大丈夫大丈夫。できるできる」 「やめなさい。ってか、自分でやりなさい」  というわけで候補者は三名となった。半ば強引に挙がったものの、誰しもさすがに『こいつらにはやってもらいたくねぇな……』とか思っていた。勝手なものだ。それは、純也も同じ気分だった。 「仕方ないなぁ」  そしておもむろに、隣の席に座っている女の子の細い腕を握って、挙手してみせた。 「はいはい~。じゃ、僕はひなちゃんを推薦するよ~」 「え……?」  突然のことに呆気に取られる日向。   「どうしてそうなるの~?」 「だってさ。ひなちゃん、見かけがまんま委員長だもん。これは、やらないわけにはいかないでしょ」 「見かけって……」 「おー。言われてみれば、確かにそうだよね~」  同感同感と頷く紗理奈。確かにその黒縁眼鏡は委員長っぽい。何だか、腕章とか巻いていそうな雰囲気なのだ。 「紗理奈ちゃん~」 「それにひなちゃん真面目だもんね。ぴったりかも」  優子も同感みたいだ。 「もぉ。優ちゃんまで」  しようがないなぁと苦笑する日向。  まあ、もともとクラス委員のようなものはそれほど苦手ではないし、過去にやった経験もあったりする。ただ、自分から率先して引き受けるほど、彼女は積極的な性格ではなかったのだった。みんながやってと言うのなら、それなら、いいかなと。 「桜美さん、いいのですか?」 「はい。大丈夫です」 「では、この四名で多数決をとります。最初に、桜美さんがいいと思う人は、挙手してください」  その瞬間、クラスの全員が手を挙げていた。まさにこれが人徳の差というものだろうか? 推薦を押しつけ合っていた三馬鹿共まで挙手していて、みんなから呆れられていたのだった。  以上で回想終了。 「……てなことがあったわけ」 「あったよね~」  笑顔で頷く優子。 「そうなんだ」  日向はちょっぴりおかしそうに微笑む。 「だからひなちゃんは、こいつに同情してやる必要は全くもってないわけ」  それはまあ、そうなのであるが。 「うーうーうー。僕の優雅な帰宅部ライフが~」  未練がましくわめく純也。 「いい機会だからみっちりやっとけ。あたしもやったことあるけど、結構勉強になったり、いろいろ為になったりするぞ?」  とってもクールな紗理奈。 「沢村くん、頑張ってね」  優しく勇気づけてくれる優子。 「純也くん……。私、終わるまで待ってるね」  やっぱりとっても優しい日向。 「まじっすか!?」 「うん。……だって、私が記憶を無くしていなければよかったのだもの。責任感じちゃうよ。ごめんね」  日向も待つこと自体は、全然苦痛ではなさそうだ。 「あ~もう。ひなちゃんったら優しいなー。っとに、純也にはもったいない彼女さんだわね」 「うんうんうんうん。どっかのサリーちゃんとはえらい違いだよ、うん。恩に着まくります」 「純也」 「何よ?」 「サリー言うな馬鹿野郎」  ばきっと一撃、純也の頬に紗理奈の拳がめり込んでいたのであった。 ◆ ◆ ◆ ◆  そうして、委員会に出席することになった純也。彼曰く『強制的にドナドナされていった』わけだが……。 「ったく、あんにゃろうが」 「あはは」  教室には日向と紗理奈、そして優子が残っているのだった。 「聞いてよひなちゃん。あいつね。人の誕生日にアダルトDVD持って来たのよ? 女の子の誕生日に。信じられる?」  純也の用件が済むのを待つだけなので、特にすることもなく、女子だけの楽しいお話タイムとなった。ゆったりとした自由気ままな時間は過ぎていく。 「そ、そうなんだ。それはちょっと……」 「一緒にきた三馬鹿のプレゼントに紛れこませてさー。信じられないってーの」 「新作DVD『本格清純派絶対美少女藤乃紗理奈十八歳独占デビュー! とっても恥ずかしかったけど一生懸命頑張りました(はぁと)』を持ってきたことを、そんなに根に持ってんのか。藤乃サリーちゃんよ」 「このやろ」 「ぐおっ!」  疲れ果て、幽霊のごとくふらふら~っと戻って来た純也にも紗理奈は容赦しない。びしっとデコピンを一発、眉間に食らわせた。 「どつくよ純也」 「どついてから言うな。ちょっと痛い」  紗理奈はまた、はあ~と、大きな溜息をついた。そして、不満を述べた。 「ああもうちっくしょーっ! あたしが一体何をしたってんだ! よりによって何でわざわざ芸名に藤乃紗理奈なんてヘンテコな名前をつけんだよっ! だからみんながあたしをからかってくんのよ! 迷惑だったらありゃしない! あーむかつくっ!」  年頃の女の子には、なかなか気になる問題のようだった。 「紗理奈ちゃん。自分の名前に『なんて』とか言っちゃだめだよ~。可愛い名前なんだから」  まあまあ落ち着いてと優子が紗理奈を慰めている。この子も日向と同じように、とてもおっとりした子なのだった。  いつだったか、紗理奈は純也に言ったものだ。  別に、否定をするわけじゃないんだと。まあ、そういう倫理観というのか、価値観の仕事も世の中にはあるものだし、需要も多いのだろう。きっと、サリーちゃんというあだ名の可愛らしい女の子が、日々偏見に晒されながらもいろんな意味で活躍をすることによって、世の中の多くの人達は癒され、ほっこりして幸せになったりしているんだろう。大いに社会貢献になっているに違いない。そんなこたわかっている。だが……。 「ああもう!」  理解はするが共感はできない。と、いったところなのだろう。紗理奈は思う。名前は同じで外見もそこそこ似ているようなのだが、自分とは明らかに違うのだ。自分は、そういうことはできないし、したいとも思わない。ただ、イメージを重ねないで欲しいのだ。 「てゆーか、結構気にしてんのなお前」 「そりゃ気にもするわよ。男女だとか凶暴だとか暴力ヒロインとか言われてるけど、あたしだって傷つきやすい年頃の女子なんだからね? これでも」  紗理奈はあえてちょっとわざとらしくそう言ってみせるが、純也の反応は予想外だった。 「そっか。そりゃ悪かったな。ふざけたことしてごめん」 「……え? な、何よ。突然、どういう風のふきまわしよ?」 「いやなに。少しな。僕も人の痛みというものが、ほんの少しだけわかった気がしてな。これを期に、おふざけは少し控えようかなという気になった」  今回の事故の一件で、純也はだいぶこれまでの人生を反省したようだった。 「……。純也。熱でもあるの?」 「ねえよ。何だよ一体」  紗理奈は左手で自分の額に、右手で純也の額に触れて熱が出ていないか確かめた。平熱っぽかった。大丈夫そうだった。 「そう? それならいいんだけど。……ああそうそう。自業自得のクラス委員会はどうだった?」 「別に大丈夫だ。確かに紗理奈が言う通り僕の自業自得だし、それに、ひなちゃんが真面目にやってきたことを絶やしちゃいけないからな。これから、ちゃんとやっていくよ」 「純也……。な、何か悪いものでも食べた?」 「さっきから大変失礼なやつだなお前は」 「え? いや、だってさ。あのどうしよーもないくらいぐうたらでだらしがなくて、ひなちゃんがいなきゃ真っ当に生きていけなさそうな帰宅部の純也が、クラス委員を真面目にやるとかってさ。おかしくない? やばくない? なにこれ、槍でも降るの? 何があったの?」 「おめーはよ! 折角僕に自覚が芽生えたことをバカにしてるんか!」 「い、いやいやいや、してないしてないしてない! 大変結構なことだとオモイマスヨ。いやー純也は偉いなーがんばれー」  完全に面白がって馬鹿にしてる紗理奈だった。 (楽しいな)  そんなやりとりを、日向は純粋にそう思うのだった。 「ふん。……まあいいや。帰ろうかな」  純也がそう言うと、みんなが揃って立ち上がる。 「紗理奈は部活かい?」 「いんや。今日は帰って店の手伝いする。これから気合入れてたんまり焼くよー。腕がなるわ」  何のことだろう? 日向が不思議そうに首をかしげる。 「お店?」  きちんと説明する紗理奈。 「ああ、うちね。おとんが焼き鳥屋やってるの。でもって、そのすぐ側で兄貴が酒屋やってるんだけどね」 「ひなちゃん。紗理奈ちゃんはね。焼き鳥を焼くのがすっごく上手なんだよ~」 「そうなんだ」 「いや~はっはっ。それほどでも~ないかな~。なんて」  優子が親切に補足してくれる。紗理奈も満更ではなさそうで、ちょっと嬉しそう。鼻高々だ。 「そうなんだ」  エプロン姿で腕まくりして、てきぱきと焼き鳥を焼くのはなかなか様になっている。本人は知るよしもなかったが、彼女はご近所では兄貴共々なかなかの人気者なのだった。  美青年な栄次郎と、美少女な紗理奈。若くて爽やかな二人は、みんなから慕われていた。 「そだそだ、今度ひなちゃんも食べていってよ。紗理奈さん特製炭火焼き鳥を。ご馳走するからさ」 「あ、それいいかもな」  それはなかなかいい刺激になるんじゃないだろうかと、紗理奈の提案に純也も同意する。 「いいな~」  残念ながら優子は家が反対方向なので、今日はちょっと難しそう。その代わり、どこかでお持ち帰り用の焼き鳥を買っていこうかなと考えるのだった。 (友達……なんだ)  一緒にいて話をしているだけで楽しい。みんな優しくて、自分の味方になってくれる。みんな、自分にとってかけがえのない大切な人達なんだと、日向は思うのだった。  ――さて、そんなわけでお話をしながら帰っていくのだけど。みんなと別れ、純也と二人になった時、日向は聞いてみたのだった。 「ねえ、純也くん」 「なあに?」 「紗理奈ちゃんって、どんな子なの?」 「そうだなぁ」  純也は少し考え込む。長い付き合いの、腐れ縁とも言える少女とのやりとりを。元気いっぱいな、活動的な女の子のことを。 ◆ ◆ ◆ ◆  ある日のこと。街が夕焼け色に染まりつつある頃。純也はご近所にある、紗理奈の父が経営している焼き鳥屋へと顔を出していた。  純也の父親が言うには、今日は何だか焼き鳥を食いたい気分になったから買ってきてくんね? とのことだった。そうなれば、向かう先はここだと決まっている。ここら辺界隈ではこの店の焼き鳥が一番うまいんだとは、みんなの意見が一致するところだ。純也はいいよーと、快く引き受けたのだった。 「よっ。紗理奈」 「お? 純也じゃん。いらっしゃいませー」  家業の手伝いをしているのか、店の中で焼き鳥を焼いている紗理奈がいた。焼き台の上には何本もの焼き鳥がずらりと並んでいて、じゅうじゅうとおいしそうな音を立てている。  お手頃な値段ながら、炭火で焼いているという本格派だ。 「今日は持ち帰り?」 「うん。ねぎまと皮と、それとつくねと、レバーを三本ずつくださいな。全部タレで」  純也は、父親から言われた通りの注文を紗理奈に告げる。何でも、焼き鳥を食いながらキンキンに冷えたビールをキュッといっぱいやりたいらしい。味は何がいいのかと純也が聞いたところ、父親はちょっと考えながら、タレかなーと答えたのだった。 「ありがとうございます」  例え気心知れた仲の友達であっても、お店に買いに来てくれているときは大切なお客様。丁寧な口調に変わる紗理奈を見て純也は、生真面目なやつだなーと思うのだった。  紗理奈は慎重に焼き加減を見ながら、止まること無く動いてはくるくると串を回転させている。その様はてきぱきとしていて鮮やかで実に手際が良くて、眼差しは真剣そのもの。以前にも紗理奈は、お客様に下手なものを出すことはできないよと言っていた。ひたすら集中している様はまさに、プロフェッショナルだ。 (上手いもんだなぁ)  そういえばと、純也は思い出す。それはいつのことだったか、紗理奈と話をしたときのこと。これから、学校を卒業したらどうするのか? という、彼らにとってはごく当たり前の、進路についてのこと。 『ウチのね。焼き鳥屋の家業を継ごうかなって思ってる。でも、いけるのなら大学いっておけって、おとんが言うんだよねー』 『へえ』  日向程ではないけれど、紗理奈は頭がいい子だから、問題無くどこかしらに進学できることだろう。確かに、いけるのであればいった方がいいんじゃね? と、純也は他人事ながら思ったものだ。学費という大きな負担がどうにかできるならば、だけども。 『人生は長ぇぞ。金のことは心配いらねぇから、とりあえずいっておけ。ちょっとくらい遊んでもいいからよとか、そんな事言っちゃってさ』 『まあ確かに、働き始めちゃったら、その先ずっと長いからね』  大学とか専門学校とか、進学先はいろいろあるけれども。基本的に、社会に出る前のモラトリアム……死刑執行前の猶予期間みたいなものだと、純也は漠然とながら思っていた。それはものすごく後ろ向きな考えだけど、でも、実際そうだろ? と、純也は自分自身に問い返していた。  日々、必死に働いて、くたくたになっている両親を見れば、そう思う。どうしてこう、誰もがヘトヘトになるまで働かなきゃいけないんだろう? 余力とか余裕を持つという考えが、この国には根本的に足りていないんだと、純也は実感する。楽をしようとするのは、人として決して罪ではないはずなのに。悲しい現実だ。 『でもね。おとんもおかんも毎日仕事が大変そうだから、少しでも手伝わなきゃなーって思うんだよ』  両親思いの優しい子だなと、純也は思った。だからか、彼女はいつも、部活動もそこそこに切り上げているのだ。 『大学に進学して、それでどれくらいの意味があるのかな? って、あたしはそう思っちゃうけど。でも、おとんは言うんだよね。確かに、短期的には何の意味も無いかもしれない。……けどなって』 『うん』 『いっぱい遊べ。いろんな人と出会って接しろ。雑学でも何でもいいから手当たり次第に興味があることに手を出して、体験してみろ。それで、四年分くらいの余裕ってものを覚えろって言うんだ。人生の中で四年。たかが四年、されど四年。まぁ、現役で卒業できれば四年で済むけどさ』 『お父さん、面白いことを言うね。余裕を覚えろ、か』 『うん。おとんは今でこそ焼き鳥屋みたいな自営業をやってるけど、昔は会社勤めとか工場勤めとか普通にしていた時期があってさ。それで、言うんだよ。そんなにその、中小企業の職場とかってさ。……お世辞にも、学歴がそんなに高くないような人達が大勢いるわけなんだけどさ』 『うん。まあ、そうだろうね』 『おとんは大卒で。でも、誰とも分け隔てなく接してきて。それで、思ったんだって。ああ、そういう人達をその、決して馬鹿にするわけでも、差別するわけでもなくてね。これは完全におとんの主観なんだって言っていたんだけどさ。色んな意味で、心に余裕がない奴が多い気がするって、そう言っていたんだ。その感覚は、あたしにはよくわからないな。うーん。そういうものなのかなーって思うけれど』  社会経験が浅いからか、まだわからないと、日向は正直に言った。 『へー』 『まあ、勿論大卒だっていい加減な奴は大勢いるけどなって、おとんも言っていたけどね。ちょっと、どっちなんじゃいって思ったかな。はは』  もしかするとそういうものなのかもしれない。それは、紗理奈のお父さんがこれまでに得てきた人生経験が言わせる渾身のアドバイスでは無かろうかと純也は思った。  進路か。果たして自分はどうするんだろう? そういえば、まだ答えが出ていなかったなと純也は思う。何せ、あんまり頭がよくなくてお馬鹿だからなぁと。  そんなことを思っていると。 「サリーナ。忙しいところごめんね。後でちょっといいかしら? お願いしたいことがあるんだけど」 「お婆ちゃん? うん。落ちついたら行くよ。待ってて」  ふと、紗理奈がお婆ちゃんに声をかけられていた。その呼び方は純也達とはイントネーション異なっていて、日本語の『紗理奈』ではなく『サリーナ』と、海外のお姉さんを呼ぶかのようだ。紗理奈のお婆さんはロシア系だとかで、そのせいかもしれない。  紗理奈か。青い瞳が綺麗な子だよなと純也は思う。一生懸命家業の手伝いをしていて、時々汗をタオルで拭う様がまっすぐで爽やかで可愛らしい。そんなふうに思う人はご近所にも結構沢山いるようで、紗理奈は密かに人気があるのだった。 (お店の看板娘ってところだな)  実際のところ、彼女目当てにやってくる客も結構いるのだった。それは純也もよく知っていた。彼女は、お店の売り上げに結構な貢献を果たしているのだ。 「はい。お待たせしました」  純也は会計を済ませ、レシートと商品を受けとる。純也は礼を言う。 「ありがとね。お疲れ様」 「またねー」  いつの間にか、純也の後ろには何人か人が並んでいた。去っていく純也に対し、バイバイと手を振る紗理奈。気さくで爽やかで、ニカッとした笑顔が可愛くて、本当に素敵な幼馴染みだと思う。 (こいつと付き合える彼氏さんはきっと、幸せ者なんだろうな)  いつかそんなやつが現れるものだろうか? 純也はそんなふうに思いながら、自宅へと帰っていくのだった。 ◆ ◆ ◆ ◆ 「てな感じ?」 「そうなんだ~。格好いいなぁ」 「まぁ、いいやつだよ。うん」 「優しい子だよね」 「うーん。まぁ、そうだよね。うん。優しいよ」 「純也くんが悪戯したり意地悪したりしなければ、何もされないと思うよ?」 「あっはい。全くその通りだと思います。まるで反論できません」  そんなふうに他愛の無い話で笑い合いながら、やがて家へと辿りつくのだった。  友達。  日向にとってそれは、いろんな事を思い出させてくれる存在なのだろう。  誰よりも大切にしたい人達なのだと、日向はそう思ったのだった。
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