5.自分

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5.自分

 私は一体誰なのだろう? 日向はそう思う。 「ええと。名前はおうみ、ひなた。みんなからはひなちゃんと呼ばれてるよ」  夜。自分の部屋にて、姿見の前に腰掛けてゆっくりと確かめるように、自分の名前を呟いてみせる。誰に言い聞かせるのか? 無論、今の自分に対してだ。 「漢字で書くと、桜に美しいと書いておうみと読むんだ。あんまりなさそうな、珍しい名字だよねきっと。……ひなたは、お日様の日に、向かうとかいて日向。ひゅうがじゃないよ? それだと何だか、昔のアニメに出てくるような、サッカーとかやってたりしていそうな男の子みたいだね。それか、純ちゃんが前に言っていたけど、ひゅうがって、昔の飛行機が大好きなお姉さんの名前みたいなんだけど、それもちょっと違うかな。それにしても何だか、ひなたぼっことか好きそうだったり、お花見するのにぴったりそうな女の子みたいだよね」  確かに、お花見もひなたぼっこは好きだけどと日向は思う。  暇な時。よく自分の部屋にいて、日の入り込む窓際に座り込んだりしていたものだ。ぽかぽかしていて暖かいからという理由なのだけど、そのことを純也が聞いたら『あなたはネコですか?』ということだった。日向はそうなのかなと思いながら『にゃ~』とか言ってみせたものだ。  ――暗闇に満ちた時間。  時計を見ると、午前三時頃だとわかる。日向は何故だかそんな時間に目が覚めてしまい、体を起こしたものだった。そして再び眠ることが困難になってしまったことを悟り、今のような自問自答を始めていたのだ。こんなのでも本人としては、リハビリのつもりなのだ。 (私は、私だよ)  あの事故からかれこれ数ヶ月。ゆっくりとではあるけれども、ぼんやりしていた記憶を取り戻し続けている。  このピースはあのピースと合うかな? 合わないかな? やっぱりちがった。じゃあ、これとこれはどうかな? 今度はぴったりはまったよ! と、そんなふうにバラバラになった小さな記憶が雪のように積もり積もって、いつかまた元の自分に戻ってくれるのではないかと、今では思える。  みんなの優しさに触れ、自分が独りぼっちではないとわかったから、どんなに気の遠くなるような作業も苦しくはない。 (純也くん。紗理奈ちゃん。優ちゃん……)  心強い味方が何人もいてくれるから。だから、辛くない。自分が自分のままでいられる。 (軽度でよかったな)  ただ単に運がよかっただけだとも言える。もし打ち所がもっと悪くて死んじゃったり、あるいは脳死状態になったりと、もっと悪い状況はいくらでもあり得た。今は少なくとも、絶望に陥る状況じゃないのだ。ただ、涙を流してうつむき続けるようなことだけはしたくなかった。もっと前向きになりたい。  それでも、思うようにいかないもどかしさに、辛いなと思う時間は時々訪れる。今はちょっとだけ、そんな時間帯かもしれない。 (純也くん……)  彼に会いたいなと、強くそう思った。  彼はこの窓の向こう、すぐお隣の家にいる。さすがに時間が時間だから迷惑はかけられないけれど……。もし今すぐに会うことができたなら、いっぱい甘えさせてもらいたい。明るい彼の、冗談ばっかりなお話を聞かせて欲しい。  日向は改めて、リハビリを続ける。 「私は桜美日向。高校二年生。……純也くん。沢村純也くんは、幼馴染みで彼氏さん。特に仲良しなお友だちは、紗理奈ちゃんと優ちゃんかな。私の性格は……」  小説の冒頭で、登場人物の紹介でもするかのように、あえて口に出してみた。  そんな事をしていてふと机の上を見ると、可愛らしい動物のぬいぐるみがいくつも置いてあることに気付く。猫、うさぎ、パンダに犬。ペンギンにコアラ。メロンのごとく丸くて薄緑をしたぬいぐるみの名前は確か、ハルだったかハレだったか。他にも名前はわからないけれど、ゆるキャラもたくさんあった。 「可愛いな」  多くの記憶を失っても、その思いは残っていた。このセンスはまさに、ぴったりとはまるパズルのピースみたいだ。 (可愛いぬいぐるみとか動物とか、私は好きなんだね? うんうん。わかるわかる。その感じ、わかるよ~)  少しだけ、自分の好みを思い出したかのようだ。自分自身と対話をすることにより、記憶の整合性を取りながら再確認を行っている。この作業はまさに、リハビリなのだ。事情を知らない他人が見れば、不気味に思うかもしれないけれど。 「それで……私はクラス委員をつとめていて、手芸同好会に所属。趣味は、読書。料理もそこそこ好き、か」  それだけ聞くと、なんだかインドア派な子だなーと、自分の事ながらしみじみ思う。もっと何か、アウトドアでスポーティな趣味は無いの? と、指摘したくなる。 「性格は……真面目で几帳面って、純也くんが言ってたな。あと、実は結構なのんびり屋さんな子なんだってさ」  だからか。体育祭の全員参加リレーとかマラソン大会なんかでは、毎回それなりに苦労しているらしい。特にマラソン大会の時期が来ると、あまり表情には出さないけれど、憂鬱でたまらないとのこと。ああ、はいはい。そうなるよねきっとと、日向は頷く。 「とほほだね。もう走れないよ~とか、情けなく言ったりしているのかな?」  そして意外なことに、自分をよく知らないような人にとっては、一見すると近寄りがたい、クールでミステリアスな雰囲気を漂わせているらしい。  え、そうなの? 私、そんなふうに思われているの? 自分は全くそんなことはないのになぁと日向は思う。それについて紗理奈は日向のことを、こう述べた。静かにしていると一見クールな優等生。けれどその実情は、ぽよぽよ、ほわほわ、ほんわかした癒し系な女の子なんだよ! クールで近寄りがたいだなんて思ってる奴は、モグリだね。ひなちゃんのことを全然わかっていないんだよ。……とか言っていた。多分きっと、そうなのだろう? 「うーん。どこにでもいる、ごく普通の女の子だよ? 私は」  際立った特徴のない、物語におけるモブのような地味な存在。それが日向が思い浮かべた自分のイメージだった。物語の主役には、残念ながらあんまり適していなさそうだ。でも。世の中にいる多くの女の子は、平凡だったりするんじゃなかろうか? (何となく、自分のことがわかってきた気がする)  とにかく本来の自分に戻っていこうと、日向は意識する。まあ、自分の事は大体よくわかってきた。じゃあ、他の人はどうなのか? 例えば……。 「沢村純也くん」  自分は以前、彼の事を純ちゃんと呼んでいたとのこと。きっと親愛を込めて、そう呼んでいたのだろう。今はまだちょっと照れくさくて、呼べない。だから今は、純也くんと呼んでいる。でも、そのうちにまた呼べるようになるだろう。 「純……ちゃん。純、ちゃん。じゅ~んちゃんっ」  自然と、照れることなく呼べる日は案外近いんじゃないかと思う。もっともっと接してもらって、慣れていけば……。 「明るくて、お話が上手で、優しくて」  入院していたときに、知識としては聞いていたけれど、接しているうちに、本当にそうなんだと感じていった。そして……。 「真面目な人」  彼は事故の時、日向を守れなかったことを大いに悔やんでいる。そのことを聞いた自分は、誰のせいでもないよと言ったけれど、彼の心を傷つけてしまったのは間違いない。その事が逆に、日向を苦しめる。 (ごめんなさい)  ああ、その言葉はNGワード扱いだ。その一言はすぐに、純也によって止められるのだ。謝らないで。ひなちゃんは何も悪くないんだからね、と。  この前など遂に『ごめんなさい禁止令!』を出されてしまった。その結果、誰のせいでもないんだから、お互いに苦悩するのはやめようねと、そういう協定を結んだのだった。悩むの禁止! と、彼は言った。あっはいと、日向は答えた。 (会いたいな)  朝が待ち遠しい。日向は強くそう思った。もし今日また会えたら、どんなお話をしようかな? (もっと私のことを教えて。思い出させて)  この思いが彼に届けばいいなと思い、日向は再び横になるのだった。  ……が。 (眠れないよ)  しばらくの間、ベッドの上でうぞうぞとしてみたものの、一向に眠気が戻ってはくれなかった。ダメだ。これはもう、しばらく難しいだろう。 (うーん。どうしよう)  困った。実に困った。幸いなことに、今日はお休みだから朝寝坊しても大丈夫。 (あ、そうそう。眠れないってことで、思い出したよ。この前飲んだあれのこと)  この頭が冴えた感じはまるで、この前純也にカフェインバリバリのエナジードリンクというものを貰った時のようだ。お目々がぱっちりと開いている。 (あれはすごかったよ。午後の授業が全然眠たくなかったからねー)  真っ黒なロング缶に緑色の文字が書かれたあれはさて、何という名の飲み物だったっけ? モン……モンスト、エナジーだったっけ? モントリオール? モンバエルツ? いや、それも何か違うな。うろ覚えだが、とにかく今までに飲んだ事のない強烈なテイストだった。そして程なくして、意識が覚醒したような、そんな気がした。 (何かがみなぎってきたよ! ふぁいっ!)  特徴的な甘みが未だ口の中に残る中、日向は両手をグッと握りしめてファイティングポーズなんかとってみたものだ。けっこう美味しかったので、また飲んでみたいなと思っていた。今度純也に名前を聞いてみよう。あれ、何ていう飲み物なの? と。 (会いたいな)  そうだ。今日は一日特に何もすることがないのだ。だったら……。 (こんな時間にメッセージを送ったら、失礼かな?)  彼の一言を思い出す。いつでもメッセージを送ってね。と。優しい笑顔で言ってくれたのを。幸いな事に日向は、スマホの操作なんかは大体覚えていた。だから、抵抗は感じない。アプリの起動も問題無かった。 (変な時間に起きちゃった。こんな時間に、ごめんね)  そう書いておけば、いいか。起きてから見てくれればいい。 (よかったら今日、どこかに遊びに行かない?)  そんな、短くも簡潔なメッセージを書いてから、送信……。 「っ!?」  それから数十秒後。突如着信音が鳴り、日向は驚いてビクッとしてしまう。 (え? もう?)  こんな時間に、彼は起きていたの? あ……人の事は言えないかと、ふと冷静になる。 (行く行く。絶対行く! でーとしよっ! だって。ふふ)  とても嬉しそうな返信だった。それを見て日向もなんだか、嬉しくなったものだ。  日向はそんなこんなで、眠気が戻ってくるまで何度となく彼とメッセージのやりとりをしたのだった。  最後は……また、眠たくなってきちゃった。おやすみなさい~と、そんな感じに最後のメッセージを送った。 ◆ ◆ ◆ ◆  眠い。多分今、自分は寝てる。日向はなぜか客観的にそう思った。 「こんにちは」  聞き覚えのある声がする。どうやら、もう一人の自分が挨拶をしているようだ。今私は寝ていてこれは夢の中なのだから、自分がもう一人いたところでなんら不思議ではない。日向は疑問にすら思わなかった。 「うーん。むにゃむにゃ。な~に?」  寝起きゆえに声をうまく出せないでいると、もう一人の自分が口を開く。 「眠たそうだね」 「うん。すごく眠いよ。夢の中でも起こさないでね」 「それはごめんね。でも、どうしても聞いてほしいことがあったから」  なんだろう。あ、わかったよと日向は思った。きっとそうだ。こういうときに見るような夢は間違いない。 「うーん。あんまり聞きたくないんだけどなー」  こういうときに現れるもう一人の自分なんてものは、きっとろくなことを考えてはいないものだ。これはきっと、悪夢なんでしょ? そうなんでしょ? 悪戯に不安をかきたてて、苦悩させちゃったりするんでしょ? 「意地悪なこととか、聞くつもりなんでしょ?」 「どうしてそう思うの?」 「記憶を無くしちゃった私なんかが、純也くんとお付き合いする資格なんてないんだよ。とか、何彼女面してるの? とか、したり顔で追求しちゃったりするんでしょ?」 「だから、どうしてそう思うの?」  意地悪な子には、意地悪な態度をとってみせる。日向はちょっと、身構えていた。 「さあね。何となくそう思ったんだ。あなたも自分のことだから、わかるんじゃないの?」 「わからないよ。ちょっと、記憶を失っていじけて被害妄想入ってるんじゃないの?」 「じゃあ逆に質問。あなたは私に何を聞こうとしていたの?」 「……」  もう一人の自分は答えない。 「図星なんでしょ?」 「うん、まあ概ねそう、かな。でも、そんなに悪意に満ちたものじゃないのだけどね。……純ちゃんのこと、好き?」 「うん。好き」  日向は、印象的な出来事があったあの時のことを思い出す。  事故に遭い、ようやくの事で意識を取り戻した後のこと。純也が病室にやってきた時のことだ。もう一人の自分は、それをわかっているのだろう。 「たとえ忘れちゃったとしてもね。こう、何て言うか、びびっと来るものがあったんだよ。……あ、好きな人なんだって。きっと、私の本能が知らせてくれたんだ。この人が、私の彼氏さんなんだよ。誰よりも一番好きな人で、いつも私のことを大切にしてくれる人なんだよって」 「そうね。その通りだよ」 「それで私ね。密かに一目惚れ、しちゃってたんだ。純也くんに。……自分の彼氏さんにね。おかしいでしょ?」  その時、彼にみせた反応は素っ気なくて、冷たいものだったかもしれない。けれど、純也という存在は確実に日向の心を揺さぶっていたのだ。 「そう」 「浮気性な、お尻の軽い女の子だって思う?」 「思わないよ。浮気でもないし。彼氏さんに一目惚れしたなら、惚れ直したってことでしょ? あなたが彼氏さんでよかったと、そう言ってあげたらきっと喜んでくれるよ」  もう一人の自分は困ったような、ちょっと呆れたような、そんな表情をしている。やがて……。 「はー。やっぱりね。忠告なんかしたって無駄だよね。純ちゃんのこと、他の子に譲ったりする気はないの? なんてこと、聞こうとしたんだけどね」 「ないよ。あるわけないよ」  もう一人の自分は諦めたのか、あるいははっきりとそう言われるのを予想していたのか、表情を柔らかくしながら、続けて言った。 「純ちゃんへの思いは、記憶を失っても同じだということだね」  確かめるように、頷きながら。 「そうみたい。……まだ、恥ずかしくて純也くんって呼んでるけど。純ちゃんって、呼びたいな」 「大丈夫。すぐに呼べるようになるよ」 「そうなの?」  あれ、何だか優しいな。あなたは誰? 日向が疑問に思うと。 「さっきから何度も言っているじゃない。私もあなただよ。……ちょっと違いがあるとすれば、記憶を失う前のあなた、ということかな?」 「そうだったんだ~。じゃあ私のこと、教えて?」 「うーん。本当はいっぱい教えてあげたいけど、できないの。……だって、あなたはこの夢から覚めるとき、全部忘れちゃうのだから」 「え~。どうしてそんなもどかしい条件なの~? 有り得ないよそれ! 何かないの? 夢の中でも仕えるボイスレコーダーとか、スマホはどこ~?」  不条理だ。全くその通りだねと、もう一人の自分も頷いている。 「でもね、大丈夫。私の代わりに純ちゃんが、いっぱい教えてくれるよ。だから、自分の気持ちに正直になってね」 「ありがと。もしかして、励ましに来てくれたの?」 「うーん。そうとも言えるのかな? ちょっとだけ落ち込んでいるみたいだったから、活を入れに、試練を与えに来たって言えばいいのかな? 情けなくメソメソしていたら少し意地悪をするくらいのつもりでいたんだ。……そのはずだったんだけど。でも、そんなのいらなかったみたいだね」 「そうだったんだ。ありがと」 「自分にお礼を言われるのも、変な感じだよ。でも、頑張ってね」 「ありがと。もう一人の私」 「純ちゃんにいっぱい甘えて、頼って、迷惑をかけるんだよ? そうして欲しいって、純ちゃんは思っているんだから。ふふ。私も、思い上がってるわね」 「うんっ! 頑張る! でも、迷惑は程々にね」 「それがいいと思うわ」  もう一人の自分は優しく微笑みながら、日向を軽く抱きしめたのだった。 ◆ ◆ ◆ ◆  これで夢から覚めたかな。日向はそう思ったけれど、まだそうでもないようだった。これは多分、夢の続き。夢から夢へ、時空を移動しているみたいだ。ああもう、眠りが浅いよ。これじゃなかなか疲れが取れないよ~と、思った。 「あれ?」 「どしたの?」 「あ、ううん。何でもないよ」  ここはどこだろう。……ああ、病室だ。ちょっと前まで入院していたところだと日向は思う。個室で、ベッドの感触をよく覚えている。どうやら日向は今、入院中のようだ。 (あれ。でも、私。とっくに退院したはずなんだけど。どうなってるんだろ?)  ああ、いいんだ。これは現実では無く、夢の続きなんだから、そう考えれば辻褄が合う。  日向が疑問に思っていると、何故だか側に座っていた紗理奈が口を開いた。どうやら今、病室には二人きりのようだ。 「ええと。もう一度確認するけど。あなた……つまり、あたしにとって、ひなちゃんこと桜美日向ちゃんはどんな子? ってな内容だったよね」 「え? うん。そ、そうだね」  紗理奈ちゃんごめんなさい。実は全く話の内容が見えていません。乱入しちゃってごめんなさい。  ともかく、日向にそう問われたならば、幼馴染みである紗理奈は果たしてどう答えるのか? どうやら自分は今し方、紗理奈にそんな事を聞いていたようだ。 「一言で言うと」  丸椅子に座り、足を組みつつ腕組みをして、ちょっと考え込みながら紗理奈は答えた。 「女の子」 「なにそれ?」  意味がわからないよという本人からの反応に、紗理奈はまあ待ちなさい。話は最後まで聞きなさいよと言った。これから細く説明するのだから急がないのと。 「すっごく、女の子してる女の子。っていう意味での、女の子」 「そなの?」 「うん。そう」  どうやらそういう意味があるらしい。一体どういうことなのか? 「だってさー。可愛くて優しくて、親切で結構なおとぼけさんで、長い髪がさらさらしてて、体がスラッとしてて細くて、お顔もアイドルさんみたいにちっちゃくて、色白でお肌が綺麗で、切れ長なお目々の美人さん。うぬぬ」  目の前にいる本人のことを思い浮かべながら、紗理奈は一番の親友のイメージを淡々と語っている。 「家庭的で、お料理が好きで得意で、編み物なんかもやってて、読書も好きで、可愛い恋愛小説とか読んでたりして。まさに完っ璧っな女の子! がさつで乱暴で血の気の多いあたしなんかにはないものをたくさん持ってる! どれもこれも、女の子にとって最強の趣味だし! あーほんと、女の子だなぁ。敵わないよ」  あー羨ましいっ! 無理だとわかっているけど、紗理奈は思う。私だってあなたのようになりたいよと! でもなれないよ! と、思いを正直に吐き出した。 「頭もよくて成績優秀で。純也は毎回だけど、あたしもちょくちょくテスト前にヘルプを頼んだりしてるんだなこれが」  紗理奈は、自分はあの純也というお調子者のお馬鹿ほど成績が厳しいというわけではないけれど、苦手な教科についてはやっぱり不安だと語った。 「あ。その節は、いつも助かってます。お世話になってます。ほんっとに頼りになります。神様仏様ひなちゃん様」  両手を合わせ、ははーと拝む紗理奈。日向は何だか恐縮してしまう。そんなこと、何だか純也くんも言っていたような気がする。 「んでもね。ひなちゃんは、一見すると生真面目でお堅そうでクールな感じがするけど。それは大きな間違いなんだ。実はぬいぐるみとか動物とかゆるキャラとか、可愛いものが大好きで、おっとりのんびりほんわかした、ちょっと天然ちゃんなとっても癒し系な女の子なんだよ」  日向のことを語る紗理奈は、どこか楽しそうだった。 「って。……本人を目の前にして、こんなことを説明するなんて、わかっちゃいるけど何だか照れ臭いって言うか、恥ずかしいわね。状況が状況だから仕方がないんだけどさ」 「そんなことないよ。紗理奈ちゃん、ありがとう」  日向は礼を言った。そうだ。そういえば入院中に、こんな事を聞いたような気がする。 「ど、どういたしまして」  紗理奈は日向からお願いされて、丁寧に説明をしていたのだ。自分はどんな子なの? と、問われて。 (それにしても)  この時、紗理奈はまた、あることを思っていたのだ。 (本当に可愛い子だな。ひなちゃんは)  儚げで、思わず守ってあげたくなるような、そんな可愛らしさを感じるのだこの子は。そのオーラはまさに、天性のものと言っても過言では無いだろう。本人はまるで意識していないだろうけれど。 (うるっときた眼差しで、私と付き合ってください! な~んてこと言われたら、あたしもちょっとばかりくらっときちゃうかもね。って、違う違う! そういう方向はちょっと、あたしには違うんだ! 否定はしないけど……)  男勝りで格好良くて、同性から告白されることが多い紗理奈は、今の日向を見ていてなんとなく、そんなことを考えてしまうのだった。  だからこそ、純也がこの子とお付き合いをしていて良かったと思う。そうでなければ冗談抜きでちょっと、変な気を起こしかねない時があるから。 「純也とひなちゃんは、本当にお似合いのカップルだと思うんだ」  紗理奈は素直な気持ちを日向に伝える。 「そうなんだ」 「今のひなちゃんは、あいつのこと苦手?」 「そんなことないよ。ううん。……彼氏さんでよかったなって、そう思ってる」 「そっか。それを聞いたらあいつ、絶対喜ぶよ。是非、言ってあげて」 「うん。あなたが彼氏さんでよかったって、今度言ってみるね」 「そうしてあげて」  そんな、親友同士の会話があった。 ◆ ◆ ◆ ◆  そして日向は、ようやくのことで二度寝から覚めるのだった。 「んーん。何だか変な夢をたくさん見た気がするよ~」  時計を見ると、まだ余裕はあるものの、純也との約束の時間が近づいてきていた。 「さて、今日も頑張るよ」  日向は腕を伸ばして着替えを始めた。きっと今日も、楽しい一日になることだろう。純也とのデートが楽しみでたまらない。その楽しさがきっとまた、記憶の欠片を取り戻す切っ掛けになるのだ。間違いなく、そうだ。 「そうだよね?」  日向はよく覚えてはいないけれど、それでもうっすらと思い浮かぶ、優しくてお節介さんな誰かさんに、そう呼びかけるのだった。
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