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7.日向と純也
師走の頃。十二月も中旬になり、街から人から全てのものが慌ただしく見える。
その日。日向は自宅にて、母と二人でいろいろと話をしていた。師走の雰囲気とはうって変わって、のんびりとしながら。
「お母さん」
日向は、記憶の全てを忘れてしまったわけではなかった。
父と母、家族の事、過去の記憶などは、断片的ながらもそれなりに覚えている。けれど、部分的に破損してしまったかのように、一部の記憶が失われてしまったのだった。
「私ね。みんなとお話ししたりして、いろいろ思い出そうとしているよ」
「そう。頑張ってるのね。無理をしちゃだめよ?」
特に自分自身のこと。学校のこと。友達のこと。そして、彼氏である純也のこと。それらはどれもおぼろげで、はっきりと思い出せない。たとえるなら、確かに見た夢のようにも感じる。思い出せそうでいて、思い出せない。なかなか手が届かないのがもどかしい限りだ。
「今のままでいいのよ。焦らず、いつもの生活をおくって、それでゆっくりと思い出していけるわ。きっと」
「そうだよね。うん」
お母さんが言う通り、確かにそうなのだろう。何も焦ることはない。わかっている。けれど、もしこのままずっと何も変わらなかったとしたら? そんなわけはないと思うけれど、時々そんなネガティブな思考にとらわれてしまうこともある。日向は真っ向から抗った。
これじゃいけない! みんなが自分のことを気遣ってくれているのに、肝心の自分がいつまでもめそめそしていたら申し訳ない。
悲劇のヒロイン気取りはしたくないのだ。日向はどうにかして、マイナスに陥りそうな思考を改めようとする。思考を変えるのだ。楽しいこと、嬉しいこと、そして……好きなこと。果たして自分はどんなことが好きだったのだろう? どんな人が好きだったのだろう? そして好きな人と、どんなやりとりを交わしていったのだろう?
「お母さん。教えてほしいことがあるんだけど」
「何かしら?」
私にわかることなら何でも答えるわと、母は言ってくれた。
日向が知りたかったこと。それは……。
「純也くんのこと、なんだけど」
「ああ、純ちゃんのことね。あなたとあの子はお付き合いをしていたわ。あなたの彼氏さんね」
母はふふ、と微笑んだ。両家共に、二人の仲は家族公認なのだということは、以前にも教えてもらった。
「小さい頃からずっと一緒だったわね。元気な純ちゃんが紗理奈ちゃんと一緒に走り回ってて、その後ろをあなたがとことこと追いかけてく。いつもそんな感じだったわ」
「そうなんだ」
日向はそんな光景を想像してみる。
――きっと、こんな感じだったのだろう。
小さな頃。
日向、純也、紗理奈の三人はいつも一緒。何をするのも、どこに行くのも、元気な純也と紗理奈が駆けていき、その後ろを日向がとことこと追いかけていく。そんな感じの光景が当たり前になっていたのだろう。
『純ちゃん。紗理奈ちゃん。待ってよ~』
公園の芝生の上で、可愛らしい三人が遊んでいる。鬼ごっこをしたり、ボール遊びをしたり。遊具を見つけてはそっちの方に走っていき、砂場を見つけては、プラスチックのスコップを持ちだして遊び始めたものだ。
『あぷっ!』
走ってる最中に日向が転んでしまったら、二人が戻ってきて手を貸してくれる。
『大丈夫?』
『うんっ』
日向も元気よく、返事をした。
公園の丘を登って滑り降りて、ブランコに揺られて、シロツメクサの花冠を作って……。
きっと、日が暮れるまで一緒に遊んだのだろう。
ああ、なるほど。やっぱりそういう感じだよねと、日向は納得したものだ。
「あなたが聞きたいのは、どうして彼とお付き合いをするようになったのか、ということかしら?」
「う、うん。そう。それ。気になるよ」
馴れ初めが気になるのだと、母には見透かされていた。
「純也くんはね。すごく優しくしてくれるの。でも、私がこんなふうになっちゃったのを気にしていて、すごく責任を感じちゃってる。そういうのはやめようよってことになったけど、今でも、どこかそんな感じがするの」
全部私のせいだ。日向がそう言ったら純也は、そんなことはないよと返す。……何度となく繰り返されたやり取りだ。
「そうね。あの子らしいわ。でもね。あの事故は本当に、誰のせいでもないわよ。それだけは確かだからね」
わかっている。彼に、自分を追い込まないでと、日向自身が言った。そうしたら彼は頷いて『うん。お互いに、気をつけようね』と言った。
「もしかして、あなたはそっとしておいて欲しかったりするの? 構わないで欲しかったりする?」
善意が逆に、おせっかいのようになってしまってはいないかという確認だ。
「ううん。そんなことない。……純也くんと一緒にいると楽しいし、寂しくない。でも、だからこそ、もっと知りたい。純也くんのことを知れば知るほど、思い出せるような気がするから」
そう。それならいいわと、母は思ったようだ。
「中二の頃だったかしら? ある日、あなたが教えてくれたのよ。お隣の、純ちゃんとお付き合いをすることになったってね。あの子の方から告白されたんだって。あなたは恥ずかしがっていたけれど、すごく嬉しそうだったわ。よかったわねって、私は言ったわ。……お父さんは、ちょっと寂しそうにああそうかと、やっとその時が来たかと思っていたみたいだけど。でも、悪い気持ちはしなかったみたいよ」
「そうなんだ」
「あの子はきっと、ずっと前からあなたに告白したかったんでしょうね。でも、ウブだからなかなか思いきりがつかなかったのよ、きっとね」
母もなぜか楽しそうに笑っている。そうだ。彼と関わると、どうしてかわからないけれど、みんなが楽しい気持ちになれるのだ。
「もっとあの子のことが知りたいのなら、本人に聞くしかないわね」
「……」
「迷惑をかける。だなんて思っちゃいけないわよ? むしろ本人が一番、あなたに迷惑をかけて欲しいって思っているからね。きっと」
「そ、そうなの、かな」
「そうよ。いっぱい、迷惑をかけてあげなさいな。いっぱい甘えちゃいなさい。ふふ」
「う、うん」
迷惑をかけてあげるというのも、おかしな感じだと日向は思った。
とにかく、彼ともっとお話をしたい。たくさんして、教えてもらって、そうしたらきっと、本当に全てを思い出せそうな気がするのだ。明日が待ち遠しいと日向は思った。
◆ ◆ ◆ ◆
次の日の放課後。
(どこ行っちゃったのかな……)
こんな時に限って、と日向は思った。
彼は帰る前にちょっと用事があるみたいで、そそくさといなくなってしまった。用事はすぐ終わるから、待っててねと言われたものの、今日は紗理奈も優子もそれぞれ忙しいみたいで先に帰ってしまって、一人教室で彼を待ち続けているのも何だか居心地がよくなかった。じっとしているのも寂しいので、ちょっとお散歩がてら、校内をうろついてみることにしたのだった。
廊下を抜け、靴にはきかえてから外に出て、中庭を回って、グラウンドの方へ……。
(あ? 純也くんだ)
体育館の裏側にて、純也の姿を見つけた。探したわけでもないのに偶然。
こんなところで何をしてるのかなと思い、日向は声をかけようとした。けれど、直前になって思い止まった。純也の側にもう一人、誰かがいたのだから。自分が知らない女の子が。
何を話しているのだろう? 覗き見だなんて趣味が悪いなとは思いつつ、日向は見つからないようにしながら聞き耳をたててみると……。
「私。……事故のことも、桜美先輩のことも知っています。勿論こういう時に、卑怯だってこともわかってます。迷惑だって、最低だって、わかっています。けれど……言わないまま終わるなんて、嫌だったんです」
純也と向かい合って話をしている女生徒は、肩までくらいに伸びた髪を左側だけリボンで結んで留めていた。その口ぶりと校章から察するに、日向達の一つ下の学年のようだ。
「沢村先輩のことが、ずっと好きでした。……お付き合い、してもらえませんか?」
ああ、きっとこれは決定的瞬間、というものなのだろう。
(え?)
日向ははっきりと見て、そして聞いてしまった。告白の瞬間、ずきんと胸が痛んだような気が確かにした。段々と鼓動が早まっていくのもわかる。
もしかするとこれは、とんでもない所を目撃してしまったのではないだろうか? それよりも気になるのは、純也は何と答えるのか?
(じ、純也くん……)
もしかすると純也は、自分の側からいなくなってしまうのかもしれない。記憶を失ってしまった彼女なんて、一緒にいても楽しくないし、とか考えてしまっても、何ら不思議なことではない。そんな、考えたくない想像をしてしまった。
(嫌……。嫌だよ……。そんなの)
けれど、日向が抱いた不安は、すぐに打ち消された。
純也の答えは簡潔にして明瞭だったのだ。一点の迷いもなくて、日向を完全に落ち着かせてくれた。
「……ごめんね。気持ちは嬉しいけど、僕は君とお付き合いすることはできないんだ」
「そう、ですか……。そう、ですよね。はい。ええ」
彼女は涙と共に、笑顔を見せていた。まるで最初からそう言われるであろうことを予測していたような、うまくいくはずがないとわかっていたような、そんな無理矢理強がったように作った笑顔だった。
(ああ……)
日向は思う。あの子……ふられちゃった。可哀想、と。そしてそれがすぐに、勝利者である自分の傲慢な気持ちだと気付き、自己嫌悪に陥る。
(可哀想? 恋敵なんだよ? それなのに私、なんで同情してるの? 嫌だって、今の今まで思ってたのに)
お人好しもいいところだ。そんな思いをするのは偽善者だ。じゃあもし仮に、彼が……純也があの子からの告白を受け入れて自分から離れ、あの子の彼氏さんになってしまってもいいというの?
(よくないっ! そんなの嫌! 受け入れられるはずがないよっ!)
日向は長い髪を揺らしながら、頭を振った。そんな現実、想像したくない。
(ダメ。純也くんは、私の彼氏さんなんだよ)
確かにお付き合いをしている関係ではあるけれど、今はどこか何かが壊れてしまったかもしれない。思いっきり、事実を突きつけられたような気がした。
「先輩は私のこと、覚えていますか?」
「うん。確か、随分前に落とし物を探すお手伝いをしたことがあったよね? 確か、春先くらいだったっけ?」
「はい。そうです。私が入学した頃ですね。部活の朝練に遅れそうになって、走っていてスマホを落としちゃって……。あの時は本当に、お世話になりました」
もう半年以上も前のことだろうか。彼女が大切なものを無くしてしまい、涙目になりながら探していたところ、たまたま側を通りかかった純也に助けてもらったことがあったのだった。
そんな些細なことがきっかけで、彼女は密かに純也のことを好きになっていたのだった。けれど……。
「あの。……こんなこと言っておいて、私にお願いする資格なんてないってわかっています。けど……。言わせてください。先輩の彼女……桜美先輩のこと、これからも大切にしてあげてくださいね」
「うん。ありがと」
彼女は後になって、好きになった人……純也にはお付き合いをしている相手がいると知り、どうにかして秘めたる思いを捨て去ろうと努力した。けれど、結果的に完全には未練を捨てきれなかった。そんなとき、純也と日向の二人が事故に遭ったという話を聞いたのだ。幸い、二人共命に別状はないとのことで、胸を撫で下ろしたものだ。
と、同時に彼女は『もしかしたら?』と思ってしまった。記憶を失ってしまった彼女にとって、彼はそれまでと同じように、付き合い続けられるものなのだろうか? と。
(最低だ。私……)
愛香は何度もそう思った。こんなこと、言うのは非常識だ。どさくさに紛れて横恋慕しようとしている泥棒猫だ。弱味につけこむようなやり方だ。相手の気持ちをまるで考えていない。
もし、自分が日向と同じ立場なら、どんな不快な思いをするというのか? わかっている。けれど、今この時を逃したら、一生思いを打ち明けることはできないだろう。ずっと、長い間後悔するかもしれない。それもまた、嫌なのだ。完全には消化しきれずに、くすぶっていた思いはまた、再燃してしまったのだった。
彼女は悩みながら、告白をするという結論に達した。傷つくのは構わない。嫌われても、軽蔑されても構わない。それは一生消えない罰だ。それでも、秘めたる思いを好きな人に伝えたかった。古典的なやり方だけど、彼の靴箱にこっそりと、手紙をいれた。お話ししたいことがありますとだけ、名前とともに。
「迷惑とも、最低だとも思わないよ」
「え?」
「君は、自分の気持ちにケリをつけたかったんだね?」
純也の一言は、責めるわけでもなく同情でもなく、とても優しいものだった。表情もまた、あのときと同じように微笑みかけてくれている。
「……はい」
そうだ。自分は、自分の気持ちにケリをつけたかったんだ。ただ、それだけだったんだ。告白した相手に、そんな事を教えてもらうだなんて思わなかった。
「でも、ごめんね。僕は本当に、ひなちゃん……彼女のことが好きなんだ。あの事故の時ね。僕はあの子のすぐ側にいたのに、守ってあげられなかったんだ。本当に、何もしてあげられなかった。辛かったけど、でも、記憶を無くしてもっと辛い思いをしているのはひなちゃんだから。僕も、絶対に逃げたりはしたくないんだ」
「はい」
「告白を断っておいて、こんな事を言う資格、僕にはないと思うんだけど。その……。このことで、気に病まないでね?」
ああ、やっぱり自分が思っていた通り、一途で素敵な人だと彼女は思った。どさくさ紛れで告白をしてきた相手のフォローまでしてくれるなんて。彼女はピンク色のハンカチで涙を拭いてから、笑顔で礼をする。
これでいい。もう、終わりなんだ。自分の気持ちに、完全にケリがついたんだ。こんな状況だけど、素敵な人に思いを伝えることができて良かった。もはや後悔することなど、なにもない。ほんの少しの間だけ、彼に自分の事を意識して、見つめてもらう事ができたんだ。それだけで大満足だ。
「先輩。お時間、ありがとうございました」
「こちらこそ。ええと……」
「私、一年生の緑川愛香といいます。けど……。私の名前なんて、忘れちゃってください! それじゃ……!」
彼女はそのまま、一目散に走り去っていった。後には純也がただ一人、ぽつんと取り残された。
一部始終を見ていた日向は思う。もしも、自分という存在がいなかったとしたら。あの下級生の子……愛香ちゃんという子は純也くんとお付き合いしていたのだろうか?
(純也くんとなら、仲良くお付き合いできそうだよ)
今の自分はこんな、何も思い出せないような状態で……それなのに、純也くんはあの子をふってしまった。果たしてそれで良かったのだろうか?
「……」
誰も口にこそしなかったものの、記憶を失った彼女というものは、それは本当に彼女なんですか? という気持ちは、大なり小なりあの子も持っていたことだろう。
もしも自分があの子の立場ならば、同じように思うかもしれない。妬みでも嫉みでもなく、普通の感情だ。
(理不尽だよね)
何だか自分が優しい彼を縛っているような、そんな気持ちになっていく。あの子は自分の事が邪魔で、憎々しく思っているかもしれない。それも仕方のないことだ。けれど……。
(ごめんね)
だからこそ、走り去っていった彼女に尚も同情したくなる気持ちを抑え、日向は涙を拭うのだった。
この前、お母さんと話をしているときにも思った。めそめそして、いつまでも悲劇のヒロイン気取りじゃいたくないんだ。同情して身を引くだなんて、純也に対しても、勇気をもって告白をしたあの子に対しても失礼だから。だから、自分の心に素直になる。なるんだ! 日向は強く思った。
(純也くんは、格好いいよね。真っ直ぐで、優しくて……明るくて、楽しくて)
彼の事が好きになるのは、誰よりもよくわかる。わかるよと、日向はうんうんと頷いた。純也くんは本当に、素敵な彼氏さんなんだよ。ううん、呼び方が違う。純也くん、ではなくて、もう、本来の呼び方に戻したい。私は彼の事をなんと呼んでいたのか? そうだ……。
「純ちゃんっ!」
「にょわっ!?」
大好き。
やっぱり、記憶を失ってしまっても、この人のことが好きなんだ。日向は思った。そして、もっともっと知りたい。思い出したい。子供のように、好奇心が溢れてくる。私とお話しよ? と。
気がついたら日向は隠れるのをやめ、純也のことを純ちゃんと、本来の呼び方で呼んでいた。失われた記憶がまた少し、戻ってきたような気がした。
「……へ?」
「見つけた。こんなとこで何してるの? 待ちくたびれちゃったよ」
「ひ、ひ、ひなちゃんっ!? ど、ど、どどど、どうしてここに!?」
日向はひょこっと突然、何事もなかったかのように彼の前に現れてみせた。
「どうしたの? 何かあったの?」
あえてとぼけて、そんなふうに聞いてみせる。ああ、なんと小憎らしい態度なんだろうと自分でも思う。一途な彼の心を弄んでいる小悪魔かと。
「あ、ああ……。な、何でも、何でもないヨ? 気にしないでネ?」
女の子から告白を受けた直後、突然に彼女さんの登場。彼が思いっきり動揺して慌てているのがおかしくてたまらない。今、ここでずっと見ていたことは内緒にしておいてあげよう。怒りながら『女の子に告白されてたでしょ! 鼻の下伸ばしちゃって、サイテー!』だなんて追求するのは野暮というものだ。
「そうなんだ。ふふ。純ちゃん、何だかしゃべり方が紗理奈ちゃんのお兄さんみたいだよ?」
「エ、えーさんみタいですカ。ソーですカ。はっはっハっ」
彼の口調が怪しいカタコトのようになってしまったのを、日向は聞き逃さなかった。
「そ、そ、それよりあれさ。えっと、僕の事、純ちゃんって呼んでくれたんだね。何だか久しぶりに聞いたなー。嬉しいなー」
強引に話題を逸らす純也。嘘をついたり、誤魔化したりするのが苦手なんだ。わざとらしいなあと日向は思いながら、それ以上指摘したりはしないであげた。あんまり意地悪をしたら可哀想だから。
他の子の告白をはっきりと断って、私のことを好きだと言ってくれた。最愛の彼なのだから。
「嫌だった?」
「嫌だなんて、そんなわけない。久しぶりにそう呼んでもらえて、嬉しいよ」
「そっか。よかった」
そして日向は、昨日からお願いしようとしていたことを改めて口にする。
「純ちゃんあのね。お願いしたいことがあるんだけど」
「な、何? 何でも聞くよ! ぼ、僕にできることなら、だけど」
「本当?」
「本当本当! 大した事は、できないかもだけど」
これが紗理奈ならば、にやりと笑いながら『よーしわかった。とりあえずここで思いっきりジャンプしてみろ』とか、カツアゲ犯のように言うかもしれない。あえてそんなふうに冗談めかしてもいいけれど、今はお願いを伝えるのが先だ。
「んー。大した事も何も、純ちゃんにしかできないことなんだけどな」
「そうなの?」
「うん。……私と純ちゃんの事、いっぱいお話して欲しいなって」
確かにそれは、純也にしかできないことだった。でも、そんなことならお安いご用だ。
「勿論いいよ」
「いっぱい、だよ?」
日向は念を押す。長編映画のようにたっぷりと、だと。中途半端なものではだめなのだ。
「わかった。いっぱい、だね!」
「うん。いっぱい。……それでね。お願いばっかりで、ワガママ言ってごめんね。お話なんだけど。誰もいないところ。邪魔されないところで、ゆっくりたっぷりと、私が飽きちゃって、もういいよって言っちゃうくらいまでして欲しいんだ」
日向はそうおねだりをするのだった。純也は日向の本気度に気付き、真剣な表情になっていく。
「じゃあ、時間と場所。僕が決めていい?」
「うん。急がなくていいから」
「いや、急ぐよ」
これは極めて重要なミッションだと、純也は思った。日向は本気で思い出したいと考えているのだ。その思いに応えるのは、彼氏として当然なことだろう。どうにかしなければいけないと、決意するのだった。
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