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8.おはなし
それは、クリスマスイブの夜のことだった。
日向は純也と紗理奈、優ちゃんとクラスのみんなで集まってささやかな食事会をして、とても楽しい一時を過ごしたのだった。そして、その後のこと。
適当にスマホをいじりながらベッドに横になり、あるものを待っていた。
ふわふわもこもこの、牛のような白黒柄の可愛らしいパジャマを着て、眼鏡を外してコンタクトをつけながらリラックスタイム。
(まだかな。まだかな)
果たしてどれ程待ったことだろうか? スマホの画面にはメッセージが届いたという通知。待ち望んでいた瞬間だった。
(きた)
あの時。純也が愛香という名の下級生の子に告白をされた日。日向は純也に『二人きりでゆっくりとお話をしたい』とお願いをした。そうしたら彼の答えは『二、三日待って』ということだった。
そして昨日。やっと準備が整ったから、今日の夜になったら連絡をするねと純也は言うのだった。準備とははてさて、なんだろうか?
『今いい?』
そのメッセージは、言うまでもなく純也からのものだった。日向はもちろん『いいよ』と間髪入れずに返信する。すると間を置かずしてまた新着メッセージがあり『じゃあ、ベランダに出てきて』という、簡潔な用件を伝えられた。
え? ベランダ? そんなところに出て何をするのかな? 日向は頭にはてなマークを浮かべつつ、彼の言う通りにする。すると早速とばかりに向かいの家から、純也がベランダへと出てきたのだった。
お隣同士。しかも部屋まで向かい合ってすぐ側という近さ。その気になれば、ベランダの柵を乗りこえていくことだって簡単なのだった。
何その、一昔前の漫画だか美少女ゲームにありがちな、あり得ないくらいベタな設定は!? と、人にはよく驚かれたりするけれど、まさに今こそ地の利を生かすべき時なのだ。日向もそれをはっきりと理解した。ああ、なるほどそういうことなんだ。夜になるまで待っていて、それから先は一体どうするんだろう? と、疑問に思ったものだが、今ならば完全に納得できる。
「ひなちゃん、おいで」
「うん。行くー。えーとえと。これに乗って、と。……んしょ。よいしょ」
日向は部屋から丸椅子を持ってきて、ベランダの柵をどうにかこうにか乗り越える。その様は足元がおぼつかなくてふらふらしていて、とにかく危なっかしいことこの上ない。
「気をつけてね」
「ありがと。わっ」
純也も見かねたのか、柵から身を乗り出して、日向の体を大事に抱き締めるようにして支えた。
「私……。純ちゃんに抱っこされちゃった」
「子供みたいだよ、ひなちゃんったら」
このようにして、星々の光がきらめく夜に、日向は純也の部屋へと導かれていったのだった。お姫様抱っこという、とても乙女心をくすぐるような格好で。
「純ちゃん」
「何?」
「重くない?」
「全然。軽いよー。ひなちゃん。ご飯、ちゃんと食べてますか?」
「食べてるよ。……おかわりはしないけど」
ムードもへったくれもない会話。けれど、二人の日常風景らしくて微笑ましい。
「お邪魔します」
こうして二人は部屋の中に入った。遠慮がちにひそひそと、静かに小声で呟く日向に向かって純也は言った。その必要はないよと。
「今日はさ。親父もお袋もいないから、普通に話してて大丈夫だよ。旅行に行くんだってさ」
「あ、そうなんだ」
「ひなちゃんが今ここで、喉を潰さんばかりのデス声でド派手にゲリラライブをしたいって言うのなら、話は別だけど」
そこまですれば、流石に誰かに気付かれてしまうことだろう。しないけれども。
「しないよ~。……デス声って、何?」
「全ての言葉に濁点がつくような感じの声?」
純也は、こんな日が来るのを知っていて待っていたのだ。たまたま、両親の予定と日向のお願いのタイミングがぴったりと合ったとのこと。幸運にも恵まれたようだ。
「さて」
「うん」
純也は窓を閉める。防音効果はそれなりではあるけれど、誰かに聞かれたり外に漏れたりする恐れはまずないことだろう。
「ここなら、誰にも邪魔されないし、ずっとお話できるよ」
「うんっ。純ちゃん、ありがと」
さしあたって、まずはお茶でもどうぞと、テーブルの上にはカップが二つ置かれていた。日向は頂きますといいながら、口をつけるのだった。
それにしても、この状況は、まるで、……よ、夜這い? かもしれない。考えるだけで日向はドキドキしてしまう。もし純也がその気になれば、日向は好きなようにされてしまうことだって、起こり得るのだ。彼は、そんなことをする人ではないと何となくわかってはいるけれど。
(お部屋に二人きり……だよ)
確かに、彼は日向がお願いした通りの状況を用意してくれた。親にバレたら怒られそうな状況だけども、今は別にいいやと思った。自分が置かれた特殊な状況を考えていると、もう、いい子のままじゃいられないから。
「ひなちゃん」
「は、はいっ!」
「可愛いパジャマだね」
「あ、ありがと。……牛さん、みたいだよね。何だか子供っぽいよね。こんなの着ちゃって」
「可愛くていいと思うよ」
「モ~モ~。なんちゃって」
おどけて牛の鳴き声を真似してみせる日向に、純也は笑った。
「相変わらず、一見するとクールで真面目そうな子なのに、実は茶目っ気たっぷりさんなんだから」
「そうなのかな?」
「そうだよ~。ひなちゃんとお話をしたことのない人が、よく言うんだもの。クールで近寄りがたい雰囲気があったけれど、実際に話してみたら、すごくお茶目な子だったって。イメージがガラッと変わったってね」
「へ~」
やがて日向はベッドの縁に腰かけるよう、促される。純也がいつも寝ているベッド……。彼が朝寝坊をするたびに、日向が起こしに来る場所。今は何故か、いつもよりも広々しているように見えた。
「あ、あのね。純ちゃん」
「なに?」
「その……。ものすごく、聞き辛いんだけど。一つ聞いても、いい?」
「うん。いいよ。何なりと」
日向はもじもじしながら、消え入るような小声で聞いた。
「私達、その……ね。お付き合い、しているわけだけど」
「うん」
「えっと……その……」
その先の言葉が、なかなか続かない。
「今……。ど、どこまで……進んで、いるの?」
ああ、確かにそれは、とても聞きづらい内容だ。でも、年頃の女の子ならば気になる内容には違いない。日向はどうしても聞かずにはいられなかったのだ。
「え、えと。その……」
純也も言い辛そうだ。
「う、うん」
「て、手を繋いで……。それから……たまに、ハグしたり、して」
「うん……」
「キス……。全部で……さ、三回……だけ、かな? 今までに。それだけ。ほんとに、ほんと。それだけしかしてない。嘘じゃないから。信じて欲しい」
「そ、そうなんだ。それだけ、なんだ。うん。信じるよ」
きっと、嘘偽りのない答えだと日向は察した。そして、更に進んだことをしたくはないのかな? と、日向が思っていると。
「そりゃね。……勿論。正直に言って、したい、よ。僕だって思春期の、年頃の男子だもの。女の子の体に、興味が無いわけ無いよ。それも、とびきり可愛いひなちゃんに……好きな子に、触ったりしてみたいと正直思う。でもね……。だめ。まだ、できないんだ。だってさぁ……」
星々の輝きが部屋を照らす中、二人のドキドキと高鳴る鼓動は更に早まっていく。
「僕、まだ……子供だから。バイトも大してしてないし、日々ダラダラと生きていて、親のすねを思いっきりかじってる。そんな子供だから。……何かあっても責任なんて、とれないから。だから。無責任なこと、できないから」
ああ。誠実な、本当に真面目な人なんだと、日向は思った。
「ちゃんと責任がとれるような大人になれるまで……。それまで待っててほしいって、前にひなちゃんにも、言ったんだ。気の長い話だけどさ」
「うん」
日向は思う。何だかそれ、プロポーズみたいだねと。もちろん、日向の答えはOKで、ずっと待っているよと心の中で答えた。
「ごめんね。変なこと聞いちゃって」
「ううん。全然変じゃない。女の子なら、気になって当然のことだよ」
純也も理解してくれた。
わかったから、もうこの話題はあまり触れないようにしようと日向は思った。聞いていくうちに、恥ずかしさで顔が熱くなりすぎるから。
……さて、続いて本題に入ろうか。
「純ちゃん。いっぱいお話、して」
「うん。始めようか。……どこからにしようかな」
それじゃあと、純也は日向にアルバムを見せながら、小さい頃のお話を始めたのだった。
写真は沢山あった。その多くに純也と日向の姿が見える。
「これは、ぶどう狩りに行ったときだね」
それは、子供の頃の写真。日向も純也も紗理奈もみんなが小さかった。保育園くらいの頃だろうか?
「ぶどうを食べながら、口の中に溜め込んだ種をぷぺぺぺぺって紗理奈の顔面にぶち当てたら怒られた。口からマシンガン! って。……一発芸のつもりだったんだけどな」
「……怒られて当然だと思うよ」
日向はにこやかにそう言った。ああ、なんだかその光景が目に浮かぶ。きっと紗理奈に追い回されたのだろう。待てやコラーーーーとか、純也こんにゃろおおおおおっ! とか、そんな感じに。
「その報復として、紗理奈に捕まって地面に組伏せられて、ぶどう汁を目に入れられました」
「紗理奈ちゃん……」
昔から、ただではやられない子だったんだねと、日向は思った。
「これは?」
「これは、遠足の写真だね。小学生の時。三人で近くのお菓子屋さんにお菓子を買いに行ったときのことかな」
「そうなんだ。お菓子はちゃんと買えたのかな?」
「うん。バナナチップはおやつに入らないかなって思って持って行ったら、条件づきでOKって言われたな。なかなか話のわかる先生だった」
「そうなんだ」
いくつもの思い出を拾い集めるように、聞いていく。追憶に浸るという行為は、前途ある若者としてはどうなのかと日向も思ったりした。けれど、今は緊急事態だから仕方がない。けれど、これがまた楽しくて、どんどん話がはずんでいくものだ。
これはまるで、あれだ。部屋の大掃除なんかをしているうちにたまたまアルバムを見つけて、掃除そっちのけでついつい見入ってしまったときのようだ。
「これは、中学の時だったかな。みんなで海に行ったときの写真。紗理奈がスイカ割りやってる時、散々声をかけて誘導してから、スイカを紗理奈の足元に置いてずっけさせてみたら、えらく怒られた」
きっと紗理奈は、ぐおっ! とか言って豪快に、砂に顔ごと突っ伏したのだろう。それから、あにすんじゃーーーーとか、悪戯をした首謀者達に対して紗理奈は言っていたことだろう。その様が頭に浮かぶ。
「純ちゃん……。もう、そんなことばかりやってるんだから。意地悪したら紗理奈ちゃんがかわいそうだよ」
「はい。まったくその通り。反省してます」
「紗理奈ちゃん、すっごく優しい子なんだよ? お話してきてわかるよ。意地悪しちゃだ~め」
「うん。わかってます。わかってますとも。けど、紗理奈ってノリがいいから、ついつい悪戯をしたくなっちゃうんだよね」
「もー」
「気をつけます」
「そうしてあげて。……これは、どんな時?」
「ああ、これはね。えーさんがカクテルコンテストで賞をもらったときのやつだ」
紗理奈のイケメンなお兄さんが、ステージの上でトロフィーを持ちながら笑っている。とても嬉しそうだ。
「へー。紗理奈ちゃんのお兄さん、すごいんだ」
「まぁ、ここまでくるには紆余曲折あったんだけどね」
「そうなんだ」
「えーさんの偏りに偏りまくった趣味をどうにかこうにか矯正してね。僕と紗理奈と一緒に」
つまりは、まともなカクテルを開発する手助けをしたものだ。どうにかしてアルコールの度数を下げさせて、ネーミングを必死に考えて……。
そして……。
「ねえ、純ちゃん」
「うん」
日向は聞いた。
「私と純ちゃんが、お付き合いをすることになった時のこととかも、教えてほしいな」
「いいよ」
小さな頃からずっと仲良しな幼馴染みが、どのようにして恋をして、お付き合いをするような仲になったのか。その馴れ初めを教えてほしいと日向は望んだ。
「私。自分がわからなくなっちゃったから。どんな子なのか、どんなことがあって、純ちゃんとお付き合いするようになったのか。詳しく教えて」
日向の望みに純也は応えてくれる。
「ひなちゃんはね。……優しい子」
純也はゆっくりと少しずつ、話を始める。
「読書が好きで、真面目でしっかりもので。みんながルーズにしているような、制服のリボンなんかを緩めずにきちっと結んでるような子でさ」
「……」
「すごく頭がよくて、僕はいつもテスト前にヘルプしてもらってるんだ」
「そうなんだ。……何だか私って、面白味のない性格なのかな?」
「そんなことない! 僕が保証するよ。ひなちゃんは、真面目だけど茶目っ気もあって、すっごく可愛いものが好きな女の子なんだよ。一緒にいると安心できるような、ほっとするような、そんな感じの子なんだ」
日向は一つ一つ、失ったものを拾い集めるように真剣に、純也の話を聞いていく。
「今着てる牛さん柄のパジャマとか。お部屋にぬいぐるみがいくつもあったでしょ?」
「うん。可愛いぬいぐるみがいっぱいあったよ」
「あれの多くが、僕がゲーセンでゲットしたぬいぐるみなんだよ」
クレーンゲームとか、そういうの。
「そうだったんだ」
「ひなちゃん、喜んでくれるからさ」
だから一生懸命ゲットしたのだと、純也は照れくさそうに言った。
「あとは……。僕はよくひなちゃんのことを、眼鏡が似合う委員長って言ってたんだ。でもね、それは本当は、ひなちゃんが僕の我が儘を聞いてくれてただけなんだ」
「そうなの?」
どういうことなのかな? 日向の疑問に、純也は答えていく。
「ある日。僕が気まぐれで、ひなちゃんにね。長い髪におしゃれなリボンをつけて、ちょっといいとこのお嬢様風にしてみてよってお願いしたことがあってさ。ひなちゃん、律儀にその通りにしてくれたんだ。そしたら学校の男子連中が大喜びしちゃって、噂が噂を呼んでさ。僕を差し置いてひなちゃんに告白しだすやつもいるわ、ラブレターを靴箱に入れるやつもいるわで、大騒ぎ」
「そ、そんなことがあったんだ」
「だからその次の日はきちっとした黒ぶち眼鏡をかけて、固そうな委員長コーデにしてってお願いしたら、落ち着いた。……一部の、眼鏡の委員長好きな奴は大喜びしてたけどね」
「ふ~ん。……純ちゃんは眼鏡とコンタクト、どっちが好き?」
「どっちも好き! 選べません!」
日向はくすくすと笑った。ああ、やっぱり私は純ちゃんのことが大好きなんだ。お話をすればするほど楽しくなって、いろいろと思い出せるような気がしてきた。
「ひなちゃんは、時々僕にお弁当を作ってくれたりしていたんだよ」
「そうなんだ」
「うん。おいしいお弁当をね」
純也が言う通り、時々日向はみんなにお弁当を作って持って行く日があった。なぜか?
『練習に、付き合ってもらえないかな?』
料理の腕試しをさせてもらいたかったからと、日向はそう言った。それは確か、中学生の頃だっただろうか。日向はそんな事を純也と紗理奈にお願いしたことがあったのだった。
『え、いいの?』
『ありがとう』
紗理奈も純也も、勿論返事はOKだ。日向のお弁当がとてもおいしいことは、二人共よく知っている。でも、無理はしないでねと付け加えるのも忘れない。お弁当を作るのなんて、手間がかかることこの上ないものだから。
ただ、それも時間がたつにつれて事情が変わってきた。
具体的には、日向は純也にだけお弁当を作ってあげるようになっていたのだ。
あるとき。紗理奈が日向に『彼氏さんに作ってあげて』と、そう言ったのだから。気を利かせてくれたのだろう。
野菜の炒め物。じっくりと煮込んだ煮物。焼き魚に卵焼き。純也が希望した、揚げ物の下に敷いてある謎のスパゲッティ。そしてタコさんウインナー。可愛らしい見た目のお弁当ができあがった。味見もバッチリで、後はもう袋に包んで持って行くだけだ。
(おいしいって、言ってくれるかな?)
そう思うと、自然と顔がほころんでしまう。
『んー』
日向はふと思う。これから弁当箱にご飯を盛ろうとしているところなのだけど……。
『ハート型……なんかにしたら純ちゃん、嫌がるよね? 何考えてんの? って、言われちゃうかな』
さすがにそれはラブリーさが溢れ出て、あざとさが過ぎるかなと日向も思った。
お弁当は大体教室で食べるのだから、そんなものを作った日には周りから『甘ったるいわ!』とか『バカップルもいい加減にしなさい!』とか『ハート型にラブ文字弁当って初めて見た!』とかとか、誰かに言われかねない。当の純也からもドン引きされるかもしれない。流石にこれは食べられないよ、とか言われたり……。ああ、全く自分は何を考えているのだろうかと、日向は小さくため息をついた。
『や、やっぱりなしで。あ、でも……』
普段の時じゃなければ、それならいいのかな? 例えば二人だけで、デート。……どこかに行ったときとか。誰も見ていないときなら。日向はそう思った。
『それなら、いいよね?』
そうだ。そうしよう。そしていざ食べようという時に、今し方感じた葛藤を説明してみよう。
――結論からいうと、純也は大喜びをしたものだ。
週末の晴れた日。楽しいデートの途中。公園のベンチで、二人揃ってお弁当。蓋を開けた純也は『わぁ』と、声に出して驚いていた。そして、作るときに感じた葛藤を、日向がもじもじと恥ずかしそうに説明すると、純也は言った。
『全っ然大丈夫! 問題なし! ひなちゃんありがとう! 僕も大好きだよ!』
僕は教室でも堂々と食べるよ! と、純也は断言した。周りが何を言おうが関係ない。最愛の彼女がさんが心を込めて一生懸命に作ってくれたおいしいお弁当を味わいながら食べるだけだ。それになんの問題があろうか? 誰が邪魔することができようか? 純也の表情は真剣そのものだった。平凡な男子高校生の彼はこういう時になって、何事にも屈しない鉄のメンタルを発揮するようだ。
ただ、当の日向が恥ずかしくなりすぎるので、やっぱり教室で食べるのはやめることにした。
『あ、ありがと』
それにしても、そんなに喜んでくれるとは思わなかった。
やっぱりハート型にLOVE文字入りのお弁当は、二人きりのデートの時だけがいいようだ。そういう結論に達した。
「ひなちゃんの愛情、たっぷりもらいました。ごちそうさまでした」
「そ、そうだったんだ……。ハート型のお弁当って……。それに、LOVEの文字入り……。はわわ……。ちょっと私……」
感覚がズれた、痛い子なのかな? なんて思ってしまった。想像するだけで、何と言うのか……胸がきゅんきゅんするような、そんな感じがしてしまう。過去の自分は一体、何をやっているんだろう?
「ううん。全然痛くなんてないからね。普段ね、大人しくて控えめなひなちゃんが、そんなふうにラブを表現してくれると、すっごく可愛いよ」
「そ、そうかな」
「また作ってね。ラブリーお弁当」
「う、うん。頑張る」
これはもう、作らないわけにはいかなくなった。
「じ、純ちゃんは、どうして私のことを好きになってくれたの?」
ついついお話が脱線していってしまう。恥ずかしさを紛らわせる為にそんな事を、気軽に聞いてみせる。今は誰に聞かれる事も無いから、こそこそする必要もない。
「いつからかな。ひなちゃんに、もっと僕の側にいてほしいなって、強くそう思うようになったんだ」
「そうなんだ。でも……」
これはちょっと、意地悪な質問かな? 日向はそう思ったけれど、あえて聞いてみる。優しい彼なら許してくれるかなと、ちょっと甘えながら。
「……女の子なら、他にもいるよ? 紗理奈ちゃんも、優子ちゃんも、可愛いけど?」
純也の周りには、素敵な女の子が何人もいる。純也は現にこの前、可愛い後輩に告白されていたくらいだし、モてないわけじゃない。
「うん。確かに、あの二人は可愛いと思うよ。けど、僕の中で彼女になってほしいなーって思ったのは、ひなちゃんが一番だったんだ」
きっと、長い付き合いでできた絆が、気付かぬうちに恋という形に昇華したのだろう。自分を選んでくれたことを、日向は嬉しく思った。
「上手く説明はできないんだけどね。はっきりと、彼女になって欲しいって、いつからかそう思えるようになったんだ」
「そうなんだ」
明確な恋心を抱いてからのこと。少しずつ知られざるエピソードを紡いでいく純也。
――暑くて開放的な夏のお話。
「海に行ったとき。ひなちゃん、水着姿を恥ずかしがっちゃってさ。でもさ。恥ずかしがってる所も、すっごく可愛かったよ」
――紅葉が鮮やかな秋のお話。
「よく、公園でお散歩をしたよ。衣替えの頃にね」
――街が白い雪に包まれる冬のお話。
「ひなちゃんがくれた手編みのマフラー、暖かかったよ」
そして、花々が咲き乱れ、陽光が照らす春のお話。
「桜の木の下で、一緒に写真を撮ったよね」
お話がいっぱい。
もっと知りたい。教えて。話して。お願い。寝る前にお話をせがむ子供のように、日向はねだるのだった。
「ね。純ちゃん。……その。私に告白してくれた時のこと、詳しく教えて」
「うん……」
中学生の頃。純也は好きな人に……日向に、告白をした。
ずっと長い間、幼馴染みとして一緒にいた仲だった。それが、どうしてお付き合いをしたいと思ったのか? もっと日向は知りたかった。
純也は口を開いていき、日向は固唾を呑んで聞き入る……。
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