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9.二度めの告白
告白したときのことを日向に話す前にふと、純也はあることを思い出していた。
あの頃のこと。
……確か、中学二年生くらいの頃だったか。あることをきっかけに、純也は一大決心をしたのだった。
長い付き合いによっていつしか恋心を抱き、彼女になって欲しいと思った女の子に、告白をしようと。
けれど、不安は当然のようにあった。だから、日向を除いて、最も信頼の置ける人に話を聞いてもらうことにしたのだった。
それは誰か? 何人か心当たりがあるけれど、筆頭格なのは間違いなく彼女だ。純也は迷うことなく、相談にのってもらうことにした。彼女の都合が合えばいいけれどと思いながら、目的の教室へと歩む。
「うっす」
「おりょ? 純也じゃん。どしたん?」
「紗理奈。ちょっと、相談にのってもらいたいことがあるんだけど」
当時、純也とは別のクラスだった紗理奈だ。
純也は放課後になって、紗理奈が教室から出てくるのを待ち受けていたのだった。その時はたまたま日向がクラス委員の会合で不在だったので、丁度良かった。
「何? 愛の告白? う~ん。悪いけど無いかな~。お生憎様だけど、純也はちょっとあたしのタイプじゃないんだなー。ごめんね」
「うん。その言葉、そっくりそのまま返すよ。僕も紗理奈はちょっとタイプじゃないんだねー。可愛いとは思うけど」
僕が好きなのは、優しくて世話焼きでほんわかしていてのんびり屋さんで、眼鏡がとっても似合う、一見すると学級委員長みたいな子なんだと、純也は心の中で思うのだった。勿論紗理奈も可愛い子だとは思うけれど、ちょっと好みからは外れるのだ。
「そりゃどーも。で? 相談って何さ? 誰にも聞かれたくない話? ……みたいだね」
純也の雰囲気から、どうやらマジな話なんだねと紗理奈は悟った。純也の目付きがだいぶ真剣に見えたから。
紗理奈とのやりとりはいつも売り言葉に買い言葉みたいだけど、不快な気はまるでしない。純也にとって、紗理奈は間違いなくもっとも気兼ねなく相談ができる相手だ。彼女は一見するとがさつで怒りっぽくて手が出るのが早い男女……のようでいて、実はまるで違うのだ。
紗理奈は、実に細やかな気配りができて相手の気持ちを思いやることができるという、素敵な女の子なのだった。それを純也もよくわかっているからこそ、いつも軽口を叩いたり、信頼して相談なんかを持ちかけたりすることもできるのだった。
「いいよ。じっくり付き合うよ」
「悪いね」
「なーに。あたしとあんたの仲じゃない。遠慮なんてしないしない」
そうはいっても申し訳ないので、純也はちょっとばかり奮発することにした。親しき仲にも礼儀ありだと、純也は思っていたのだから。
とはいえ、学生の身分でバイトもしていないが故に、報酬はささやかな物に限られる。そう、こういう時は甘いものだ。甘いものに限る。世の多くの女子が好むものだ。それならば今の純也でも手が届く。
「わぁ、おいしそ。……いいの?」
「うん。遠慮なく、どうぞ」
純也は紗理奈を連れ、あえて普段あまり行かないような、みんなの行動範囲から少し離れたところにあるファミレスへと入っていた。
紗理奈の前には豪華なイチゴパフェ。対して純也は、ドリンクバーで適当にいれてきた紅茶。そんな状況。純也はまず最初に、今日は僕がお代を出すよと言った。で、紗理奈も内心『律儀なやつだなー』と思いつつ、厚意に甘えることにした。その分、茶化すことなく真剣に相談に乗るつもりだ。
「じゃ、遠慮なく、いっただきま~す。ん~。おいし~。久しぶりに食べたけど、おいしいね~」
紗理奈の気の強い眼差しも、パフェのクリーム部分をスプーンですくって口に入れる時ばかりはふにゃりと柔らかくなっていた。ああ、やっぱりこいつも普段あれだけ勇ましくて男前なのに、女の子なんだ。可愛いなと純也は思う。
「そりゃよかった」
「んで。相談事ってさ。ひなちゃんのことでしょ?」
「さすがだね。お見通しか」
「そりゃねえ。長年一緒にいる仲だし。告白でもすんの?」
その通りだと純也は思った。
「……したい、って思ってる」
「おー。頑張れ。ついにその気になったか。ホントにもう、ずーっとくっつきそうでいてくっつかない、もどかしくてイライラするような、一昔前のラブコメみたいな仲だったんだから。あんた達は」
紗理奈は紗理奈で、純也がいつ告白するのかなーと待ち遠しくて焦れったくて、よく溜息をついていたそうだ。
「うん。……ちょっとね。そんな気になったんだ」
それは、とあることがきっかけだった。そのわけは、紗理奈には聞かれなかったけれども。
「へー。……んで。お付き合いをして、えっちなことしたい?」
紗理奈はからかうように、ニヤリと笑う。
「そうそう……って、違うわ! お前は何を言わせるかっ! そりゃねっ! 僕だって年頃の男子だし、そういうことに興味が全然無いわけはまるで無いけど、だからってね!」
ウブな彼はムキになって否定する。
「ああはいはい。ごめんごめん。冗談よ冗談。変なこと聞いて悪かった。そっか。……純也。女の子を見る目があるねー。ひなちゃんはすっごく可愛くて優しくて、いい子だよ」
「知ってる」
「だよね。思うもん。もしあたしが男だったとしたら、絶対彼女になってほしいなーってね」
「へえ。紗理奈もそう思うんだ?」
「うん。そりゃもう。とびきり可愛くて優しくて家庭的で、あんないい子滅多にいないもの」
「たまにお弁当、作ってくれたりするんだよねー」
「そうそう。あたしにはそんな真似できないわ。面倒だし、かったるくてやってられないもの」
日向は時々、純也の為にお弁当を作ってくれたりするのだ。もちろん味は折り紙つきのおいしさ。心を込めて作ってくれているのだとわかる。
「で。純也クンとしては、告白したことでこれまでの関係が変わっちゃうんじゃないかって、ナーバスになってるのかな?」
「うん。その通りなんだよ」
「まあ、そうだよね」
気休めだけど、と紗理奈は思いながら口を開いた。
「大丈夫だよ。あたしたちの関係はさ。そのくらいのことでは変わったりはしないよ。……それにさ」
「それに?」
「あたしが見たところだけどね。ひなちゃんも純也の事、絶対好きだよ。間違いなく、ね」
「そうかな? そうだといいけど」
「うん。お話ししていてわかるもの。純也の事を話してるときのひなちゃんって、いつも笑顔なんだから」
笑顔が素敵な女の子……か。純也はその姿を思い浮かべる。
さばさばとした男勝りの性格で、八重歯をみせて気持ちよくニカっと笑う紗理奈も可愛いけれど、日向の笑顔は何だかみんなを包み込むような柔らかさがあって、ほんわかした気持ちにさせてくれるのだ。
「癒し系、だよね。本当に、女の子だーって、思うよ」
「ほっこりさせてくれるよね」
「そうそう。ま、そんなわけでさ。余計な心配しないでちゃちゃっと告っちゃいなよ。ラブユー! ってな感じにさ。イタリア人みたいなノリで」
「軽いなぁ……」
「はっはっは。さっさと彼女にしちゃいなよ」
「っとに軽く言うよね、お前」
「というよかね。早く付き合いなさいよ、この夫婦」
紗理奈はもう、結果が見えていたみたいに言った。成功率はまあ、百%だろうと。何も心配はいらないだろうだけど、どうすれば彼の不安を解消できるだろうかと、これでも真剣に考えていたのだ。
「夫婦て……」
「何度も言うけどさ。あんないい子、なかなかいないんだから。絶対に放すんじゃないよ? 周りは敵だらけだよ。誰かに奪われちまう前に、とっとと告って確保しときなさい。あたしはあんたの英断を完全に支持するからさ」
「お前。何だかご近所のお節介なおばさんみたいなこと言うね」
「誰がおばさんじゃい! って、本当のことなんだから仕方ないでしょうが。……まぁ、万が一アテが外れてフられちゃったりしたら、そん時は骨は拾って慰めてやっから、安心して突撃してきなさいな。兄貴と一緒にご愁傷様パーティーでもやってやっから」
と、そんな風に紗理奈からかなり乱暴な励ましの言葉をもらうのだった。
でも、男勝りな幼馴染みの激励は確かに、純也をリラックスさせ、大いに奮い立たせてくれた。
「ふいー。おいしかったー。ごちそうさまでしたー。やっぱりパフェはいいねぇ」
「どういたしまして。……紗理奈」
「うん?」
「ありがとな。何だか、不安が消えたよ」
「あはは。礼には及ばないよ。頑張ってね!」
「ああ。頑張る」
もう一人の幼馴染みの笑顔を見て、純也は思う。可愛いな、と。両手に花とかよくからかわれたけれど、まさにその通りだった。
「紗理奈ってさ」
「うん?」
「青い目が、綺麗だよね」
「あんがと。……変だって言う人もいるけどね~。照れるなぁ」
「僕は、変だなんて思わないよ。……それとさ。紗理奈って。お婆さんにはサリーナって、呼ばれてるでしょ?」
「ああうん。うちのお婆ちゃんは何故かそんな感じに呼ぶよね。あたしのこと」
「それが何だかね、可愛いなって思うんだ。サリーナさん」
「ちょ……っ。な、何よ。照れるじゃない。その呼び方は、お婆ちゃんだけだよ。……っていうか、あたしを口説いてどうすんのよ! あんたが口説くのはひなちゃんでしょうがっ! っとにもう」
「ははっ。そうだったな。悪い悪い」
――そして、それから三日後のこと。彼は日向に告白をしたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
――再び純也の部屋。
牛さん柄パジャマの日向と純也。二人はぴったりとくっつくように、ベッドの上に座っている。
「紗理奈はそう言って勇気づけてくれたんだけどさ。ひなちゃんに告白する時。僕はもう、心臓がバックバク状態だったんだよ」
「そうだったんだ」
「本当にもう、本番に弱いよね。嫌になっちゃう」
それでも、なけなしの勇気を振り絞ったのだろう。
「誰かに見られたり、聞かれたりしたら嫌だから。……あの日はたまたま、今日みたいに親父とお袋が夜になるまで帰らなかったから。ひなちゃんに、帰りにウチに寄ってもらってさ。お、お茶でも飲んでいかない? って、引き留めて。お茶出して。それで改めて……ひなちゃんに、お話ししたいことがあるんだけどって、さりげなく切り出すように言ってさ」
「うん」
「その時ひなちゃんは首を傾げながら、なあにって聞いてきたんだよ」
「こんな風に、かな?」
日向はちょっとだけ、首を傾げてみせる。
「そうそう。そんな感じ。……でね。僕はひなちゃんの目を見て。それから、ひなちゃんのことが好きです。お付き合いしてくださいって。正直な気持ちをそのまま、そう言ったんだ。……面白みも、何のひねりもないけどさ」
ああきっと、真っ直ぐで誠実な、そんな告白だったのだろう。聞き間違えようのない、素直な気持ちを伝えたのだ。
「……」
「そしたらひなちゃんは、ちょっとだけ驚いたみたいで。え? え? って感じの顔をしてた。ちょっと、かたまっちゃったみたい。そんなこと言われるとは思っていなかった、みたいな」
「そ、そうなんだ。……私、その後何て言ったの?」
「すぐにね。頷いてくれたんだ。うん。いいよって……。ひなちゃんも、僕のことが……純ちゃんのことが好きだよって。お付き合いしよって。優しく笑って、そう言ってくれたんだ」
思い出し、大いに恥じらう純也。
「告白した後、僕は思いっきり脱力したよ。緊張がほどけて、一気に疲れがどっと押し寄せてきたような感じ」
ああなるほど。そうなんだと日向は思った。その時の光景が鮮明に思い浮かぶかのようだ。忘れてしまったはずなのに……。
いや、違う。これはまるで、閉ざされていた道が開かれていくかのように感じる。
(……あれ?)
ふと、日向は違和感を覚える。ただ単に、頭にイメージが思い浮かぶのではないような気がする。これはもしかして、本当にあった出来事で、わずかながら記憶が戻ってきた……つまりは思い出せたのかもしれない。これは、チャンスだ。記憶を取り戻す絶好の機会だ。今この時こそ、もっと強い刺激が欲しい。恥じらう彼に申し訳ないけれど。完全に思い出してみたい!
「純ちゃん。あのね。……その。お願いばかりしちゃって、ごめんね。……言ってほしいことが、あるんだけど」
「いいよ。もう、何でも聞いちゃうから」
窓から見える星々の輝きは、相変わらず二人を優しく包み込んでいる。それはあたかも、主演の二人を照らすスポットライトのようだった。
そんな雰囲気に後押しされて、日向は更に、純也に甘えることにした。
「私に、その……ね。もう一度、告白、してみて欲しいな……って」
あの時と同じように。再現VTRのようにやってみせてと、日向は願った。
「え? ええええっ!?」
「お願い! 我が侭言っちゃってごめんなさい! でもね……。今、思い出せそうな気がするの」
「そうなんだ? い、いいけど。……でも、告白にはまだ続きがあるんだよ。それでもいいの?」
「続きって、どんなこと?」
「えっと……。その、ね」
誰が聞いてるわけでもないのに、更にものすごく恥ずかしくなって、日向の耳元でささやく純也。
純也の話を聞いていくうちに、日向もつられて頬を赤らめていく。
ああ、そ、そんなことがあったんだと思った。でも、それでも、いい。聞きたい。もう一度自分の耳で。彼の優しさに浸り、温もりを感じたい。
「い、いいよ。もう一度……お願い、します。告白、して」
「うん」
二度めの告白は、初めての時と同じか、それ以上にドキドキしてしまう。二人にとって、気持ちは一緒。
「えっと……。じ、じゃあ。言うね。ん、んー、んんっ。……ねえひなちゃん。お話したいことがあるんだけど」
日向は首を傾げて、聞いた。
「なあに?」
「……僕は、ひなちゃんのことが好きです。だから……。お付き合い、してください」
え? と、日向はちょっと驚いたような表情を見せてから、ちょっとかたまってしまう……。今、純ちゃんが私のことを好きって言った? そんなこと、言われるなんて思っていなかった。突然のことに、ものすごくびっくりしちゃった。
でも、かたまってはいられない。純ちゃんはきっと、勇気を振り絞って私に告白をしてくれたのだろう。だから私も誠実に、答えを告げなければならない。答えは決まっている。一つしかないよ。
「いいよ……。私も純ちゃんのことが、好きだよ。だから……お付き合い、しよ」
にっこりと笑って、日向は純也の告白を受け入れる。
ああ、確かにこんな感じだったような気がする。おぼろ気ながら、はっきりと思い出したようだ。ゆっくりと、霧が晴れていくかのようだ。
純也は純也で、告白した後の緊張が解れたのか、大きく息を吐いて脱力していた。それでも、好きな人が自分を受け入れてくれたという喜びが、徐々に心を満たしていくのを感じていた。
でも、これで終わりではなかった。ここからが続きの部分なのだから。日向は、純也に告白された後に、ある質問をしたのだ。
「ねえ純ちゃん、教えて。どうして私のこと、好きになってくれたの?」
好きになった理由。それは何か。
「小さい頃からね。僕とひなちゃんはずっと一緒にいて、ひなちゃんはいつも僕に優しくしてくれて。……僕に見せてくれる笑顔がすっごく可愛くて、僕のことを、いつも大切に思ってくれて……。本当にもう、小さい頃からね。ずっと大好きだったんだ。けれど……」
確か、そんな感じの事を言ったなと、純也は記憶という名の台本を思い出しながら言葉を紡いでいく。概ね間違ってはいないはずだ。
「僕とお付き合いをしてくれるのかなって……不安で。もし断られて、フラれちゃって、今までの関係が壊れちゃうのもすっごく怖かった。僕は本当に、どうしようもないくらい臆病者で意気地無しだった。でもね」
「でも?」
告白をしようと思ったきっかけ。それは。
「この前、僕はこっそり見ちゃったんだ。ひなちゃんが放課後の校舎裏で、他のクラスの男子から、告白されてるのを偶然にね。……ひなちゃんは丁寧に断っていたみたいだけどさ」
日向はどきんと、胸が痛んだような気がした。そのシチュエーションは、ちょっと前に見たものと同じだ。
「そうなんだ」
「その時僕は思ったんだ。ひなちゃんが、僕以外の誰かと付き合ってる姿を……。そんなの想像したくないって。嫌だよって。離れていかないで。僕の側にいてって。ずきんって、心が痛んだような気がして。それで僕は、気がついたんだ。……いつまでも、自分の気持ちを誤魔化したくないって思うようになったんだ。大好きな子に、ちゃんと好きですって言わなきゃいけないんだって」
ああ、なるほど。そういうことだったんだ。それで、つかず離れずの関係から、一歩先へと踏み出してくれたんだ。
その気持ち、すごくよくわかるよと日向は思った。
この前、純也が告白されていた時のことを思い出す。嫌だって、自分も思ったから。まるで同じ。立場が入れ替わっただけで、同じ気持ちになっていたんだ。
(愛香ちゃん……)
二度めの告白だけど、今の日向にとっては、初めてのことだ。
「ひなちゃんを放したくないって。僕の彼女になって欲しいって、強くそう思ったんだ。……僕じゃない、他の人とお付き合いをして。楽しそうに笑ってるひなちゃんを見るの、きっとものすごく辛いから」
もう一人の幼馴染みである紗理奈にもわざわざ話を聞いてもらって、告白する勇気をもらった。あとはもう、意を決して伝えるだけだった。そして純也は、告白したのだ。あの時も、そして今も。
「純ちゃん。私、嬉しいよ」
事故で記憶を失い、こんな風に変わり果ててしまった自分でも、彼は変わらずに全て受け入れてくれた。
日向は、全身を震わせるドキドキ感が止まらないでいた。きゅんとするような胸の高まりが心地良い。幸せな気持ちが体中を包み込んでいくみたいだ。
「ひなちゃん。これからも、よろしくね」
純也がそう言うと、日向は笑顔。でも、ぽろりと涙がこぼれてしまう。
「ひなちゃん? 泣いてるの?」
「あ……違うよ。悲しいんじゃないよ。これは嬉し涙だよ~。幸せすぎて、涙が出てきちゃった。えへへ」
「そうなんだ」
「うんっ。私からも、よろしくねっ。……私の、彼氏さん」
「よろしくね。僕の彼女さん」
告白の続き。二人共、感極まっていたのだろうか? 純也は日向を引き寄せて、キスをしたのだった。あの時と同じように、今も。
ベッドの上で隣り合った体が密着していく。日向は目を閉じて、強く思った。
(大好き……)
と。
こうして、星々の輝きが暗い部屋を照らす中、二度めの告白が終わった。
二人はしばらくの間、抱きしめ合ったままでいた。
「純ちゃん。私ね。全部じゃないけど、いろんなことを忘れちゃって……。取り戻したいなって思って、家にあった本とか、アルバムとか、いっぱい読んだり見たりしたんだ」
「うん」
「純ちゃんと紗理奈ちゃんと、みんなの写真がいっぱいあったよ」
「そうなんだ」
「みんなと純ちゃんのおかげで、少しずつ思い出していけそう。そんな気がするの」
「よかった」
溢れ出る思いが言葉になる。心がときめく思いを、彼へと伝える。もうわかっているよ。くどいからって、もし誰かに見られたらそう思われるかも知れないけれど、今は二人きりだからいいやと日向は思う。
「純ちゃん。大好きだよ。……えへへ。私からも告白、しちゃった」
ぺろりと舌を出し、いたずらっ子のような笑顔の日向。
「嬉しいな。僕のこと、惚れ直したちゃった? 僕の彼女さん」
「うんっ。惚れ直しちゃったよ、私の彼氏さん。純ちゃんが彼氏さんで、本当によかったよ。入院していたときもね。純ちゃんが彼氏さんだったらいいなーって、最初から思ってたの。それが本当だってわかって、もっと嬉しくなっていたんだよ」
「そうだったんだ。……教えてくれたらよかったのに」
「だって、恥ずかしかったんだもん。それに……記憶を失っちゃって、嫌われたりしちゃったら嫌だなって思っちゃって。怖くて言えなかったんだよ」
「嫌いになんかならないよ。こんな可愛い彼女さんのことを」
「ありがと。嬉しい。んんん~」
日向は彼にぎゅっと抱きついて、その温もりを全身で感じていた。
「純ちゃん」
「なーに?」
「もっと、ぎゅーってして」
「うん。ぎゅー」
「あは。気持ちいいよ」
前々から、日向はどこか子供っぽいところがあると、純也は思っていた。真面目で落ち着いていて、大人びた雰囲気のある女の子だと他人は思ってるかもしれないけれど、それは勝手な思い込みに過ぎなかった。こんな風に甘えん坊な女の子なんだ。
「純ちゃんあのね」
「今度のお願いは何かな? 今日はもう、何でも聞いちゃうから、遠慮なく言ってね」
「ありがと。……その。朝が来るまで。このまま一緒に、いたいな。だめ?」
だめなわけがない。
「一緒におねんねする?」
恥ずかしそうに、こくりと頷く日向。子供の頃と同じようだ。
「ひなちゃんって、本当に甘えん坊さんなんだね」
「うん。……今はちょっとだけ、甘えさせて」
「いいよー。ちょっとと言わずにいっぱい甘えてね。おいで~」
「うんっ」
朝が来るまでの幸せタイムが始まった。ただそばにいるだけ。それだけでいいと、互いに思うのだった。
「なんだかまるで、門限やぶりのシンデレラさんだね」
純也がそんなことを言う。ああ確かに、そんな感じかもしれない。
「そうだね~。……でも、ベランダに出たのはサンダルだったけどね」
ガラスの靴代わりにはいていたのは、ベランダ用の安いサンダルだった。
「サンダル履きのシンデレラさんだね。しかも、牛さんパジャマ」
それは何とも斬新なアイデアだ。気軽にコンビ二でも行っていそうなシンデレラさんだそれは。
「おかしいね」
キラキラと輝き続ける星空を見上げながら、二人はくすくすと笑い合うのだった。
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