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ドゥルク・アルセールは生まれ落ちてすぐに、孤児院の前に置き去りにされた。
孤児院の院長であるラリッサは、ことあるごとに口にする。
「ドゥルク、貴方は本当に幸運に恵まれた子よ。森の奥にあるこの孤児院では、夜のうちは狼や悪い魔物が徘徊しているの。生まれたての貴方が、獣や魔物の餌食にならずにすんだのは奇跡よ。けして、この幸運を蔑ろにしてはいけないの」
生みの母に捨てられたことを恨むのではなく、運良く生きのびたことを感謝するべきだというラリッサの信条を、ドゥルクは理解できるものの、同意はできない。
ドゥルクはまだほんの子どもで、ラリッサと孤児院の中が世界のすべてだった。
「せんせー、あいつがまたやった」
「すげーなかせたー」
孤児院の子どもたちは、みな、ドゥルクに辛く当たった。
「どうしたの? ドゥルクがなにかしたの?」
「アニーがだいじにしてたおはな、からした」
「あいつがさわったから、リリアンぐあいわるくなった」
口々に向けられる言葉の刃が、小さなドゥルクの体に突き刺さる。
「どうして、ドゥルクのせいだと言えるのかしら」
「あいつ、やくびょうがみだから」
「いけません。そんな言い方で仲間を傷つけるなんて」
「あんなやつ、ナカマなんかじゃない」
子どもたちから非難されるのは、いつだってドゥルクだった。
いつまでも囃したてる子どもたちをなだめたラリッサは、立ちつくしたままのドゥルクを振り返って微笑んだ。
「とっておきの焼き菓子があるの。わたしの部屋までいらっしゃいな」
ラリッサは子どもたちとドゥルクの間に距離を置くことで、事態の収拾を図ろうとしていた。
一階の北向きの小部屋が、ラリッサの自室だった。
「……僕は、なにもしてない」
「まあ、おあがりなさいな」
熱いミルクティーとナッツのクッキーを勧められたが、ドゥルクはだんまりを決めこんでいた。
ドゥルクは、他の子どもたちとは違う。
言葉を話しだすのも、立って歩きだすのも孤児院にいる誰よりも早かった。手足はすんなりと長く、体は痩せ気味だったが、ひどく大人びて見えた。
黒く艶のある髪は首のうしろでしっぽのように括られ、黒曜石のような瞳は果てしない知性を宿しているように見えた。
「そういえば、貴方、いくつになったのかしら」
「来月で、七歳になります」
「早いものね。つい、この間まで、ほんの赤子のようだったのに」
狭い部屋には、ラリッサが紅茶を啜る音だけが響く。
「ねえ、ドゥルク。貴方くらいの年頃の子どもは、普通はまだ、なんの力もない。もっと大きくなって、素質のある子どもだけが、魔法を学ぶことを許されるのは、知っているわね」
ラリッサの噛んで含めるような物言いは、ドゥルクにはまだるっこしく感じられた。
「貴方も知っているとおり、わたしにはなんの力もなかった。だから、わからなかったの。貴方が持っている力は特別だって」
それこそが、ドゥルクが他の子どもたちから疎まれる原因だった。
子どものドゥルクには制御できない力が、まわりの子どもたちに様々な影響を及ぼした。気分が悪くなる、病気になる。草木が萎れる、食品が腐る。
四六時中、共に過ごしていれば、原因がドゥルクにあることはすぐにわかる。特別な魔法の力、それも濃い闇の力であることは明らかだった。
ドゥルクの両親は不明だ。孤児院の子どもたちの間で、あれは闇の魔王と悪い魔女の子に違いないという声が日に日に高まっていった。
「貴方の力のことを相談したら、直弟子にとりたててくれるという方がいらしてね。ねえ、ドゥルク。すごく高名な方よ。一度、会うだけでもいいの。その方のところへ行ってみない?」
ドゥルク・アルセールが、当代きっての大魔導師サーシャ・シトロンの住まう館へ連れてこられたのは、六歳の六月六日のことだった。
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