大魔導師の弟子

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 サーシャ・シトロンは、闇色のフードを目深にかぶり、皺だらけの手で背丈よりも大きな杖を握っていた。  肩に垂れさがった銀の髪が燭台の炎に照らされて、光り輝いて見えた。 「この子か」  枯れたしゃがれ声は聞き取りづらく、ドゥルクはラリッサの影に隠れてしまいたかった。  言葉にできないものの、得体の知れない男が恐ろしく、細い腕にはびっしりと鳥肌が立っていた。 「さようでございます。大魔導師様」  フードの下から、燃えるような紅の瞳が、ドゥルクを凝視していた。  魔法にかけられたように動けず、館の一室で立ちつくしていた。 「今日から引き受けよう」  一度会ってみるだけと言っていたラリッサは、ドゥルクの少ない私物をまとめた袋をサーシャに渡し、深々と頭を下げた。  仰々しい謝辞を連ねるラリッサを見上げ、幼いドゥルクは納得した。  自分はもう、ラリッサの孤児院に戻ることはできない。あそこはドゥルクの居場所ではなくなったのだ。 「さて、ドゥルク・アルセール」  ラリッサが出ていった扉を見つめていたドゥルクは、初めて名前を呼ばれて背筋を伸ばした。 「……はい、大魔導師様」 「私のことは、サーシャと呼べばよい」 「はい、サーシャ様」 「おまえは、自分が生まれた時から持っている魔法の力を、まるで操ることができないと聞いた。そのせいで、まわりの者たちを傷つけてきたのだと」 「……はい」 「案ずることはない。おまえのような未熟な力の持ち主が、この私に影響を与えることなどできない。わかるな」  ドゥルクは闇色のフードをかぶったままの男を見上げて、小さく頷いた。  サーシャは大杖で軽く床を叩く。 「力を制御できない以上、今後は不用意に人や物に触れるでない。いや、不用意に近づいてもいけない」 「……はい」  大魔導師に宣告されたことは、ドゥルクの胸の深いところに響いた。  やはり、気のせいではなかった。孤児院の子どもたちを不快な気持ちにさせていたのは、ドゥルク自身が原因だった。  あらためて現実を突きつけられると、足元が揺らぐような不安に襲われる。 「内なる力を過剰に恐れることはない。心を確かに持ち続けていれば、真の闇に飲まれはしない。さて、ドゥルク。なにか質問はあるか」 「あの、サーシャ様。どうして、おじいさんのふりをしてるんですか」  ドゥルクの問いかけを聞いたサーシャは、一瞬にして破顔した。フードの下の口が大きく開いて、容姿に不似合いな若々しい笑い声をあげた。 「面白い。愉快な弟子を得たものだ。私が年寄りの振りをしていると気づいたのは、いつだい」 「あの、最初からです」 「そうか。おまえは力を操る術は知らなくとも、真実を見抜く慧眼を持っているようだ」  はたして、フードを自ら脱いだサーシャの頭から、絹糸のような輝く銀髪がこぼれ落ちる。  正面を向いたサーシャは、色素が欠落したような白皙の肌に、絵筆で描いたような整った目鼻立ちの美青年だった。
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