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ドゥルクが連れてこられたのは、件の薬草園だった。
「サーシャ様」
今日の午後、木の実を取りにきたドゥルクは、薬草園へ立ちよった。館の裏手にあり、柵こそないものの、多種多様な草花が群生している。
書物で見るだけでは飽きたらず、実際の草花を確かめてみれば、薬草を取り違えることもなくなるだろうか。そう思って、足を踏み入れ、しばらくして異変に気がついた。
ドゥルクのまわりの草花が、明らかに生気を失って萎れていく。花は俯き、草は地に倒れ伏し、木まで変色していく。
そっと手を伸ばした花が、見る間に茶色くなった。
小さな手の中で、時間を早送りするように花がくったりする様子を見て、慟哭した。
こんな自分は、ここにはいられない。
サーシャが大切にしていた薬草を枯らすような自分は、迷惑をかけるだけだ。
萎れた植物をそれ以上、直視できず、ドゥルクは逃げ出した。
「よく、見るがいい」
サーシャに声をかけられて、ドゥルクは渋々、顔をあげた。
「あ、れ……」
「おまえが貯めこんだ瘴気に当てられたところで、彼らの生命力をもってすれば、なにほどのこともない」
枯れた葉が落ちたところには、新しい芽が顔を出し、剥がれた樹皮からは、鮮やかな真皮が現れる。
「おまえの体内は闇と呼応する。おまえが自身を見失えば、周囲に負の瘴気をもたらす」
サーシャは黒いレースの手袋を脱いで、陶器ののように白くなめらかな素手をさらした。
「おまえとは異なるが、私の両手にも制御しきれない習性がある」
薬草園全体を覆うように、サーシャは両腕を広げて立っていた。
「私の体には、非常に強力な呪いがかけられている。この胸に息づく心臓はきわめて脆弱で、たった二十四時間しか動かすことができない」
「え……?」
「ゆえに二十四時間おきに、心臓を動かすためのパワーを手に入れなくてはならない。それが、この薬草園だ」
夕闇の中、サーシャの両手にキラキラと光る粒のようなものが集まっていく。
「日の光を浴びて育っていく植物には、計り知れない力が秘められている。その植物一つ一つから、わずかずつパワーを分け与えてもらう。さもなくば、私の心臓は一日で止まってしまう」
サーシャは腕を下ろしていた。体全体を覆う淡い光を目にして、ドゥルクは声を失った。
「私自身、毎日、ここから力を借りている体だ。おまえを責めることはできんよ」
「サーシャ、さま……」
ドゥルクは倒れこむように、大魔導師に抱きついていた。
「っ……!」
とっさに避けきれずに、サーシャの素手がドゥルクの手の甲に触れる。
「愚か者っ! なんということをっ!」
とっさにサーシャは手を離したが、間に合わない。触れられたドゥルクの左手の甲は、あっという間に皺だらけになり、褐色のシミが浮く老爺の手になっていた。
「この手は、触れたものから見境なく生気を吸いあげる。もっと長く触れていたら、おまえは一瞬で骸になるところだ! その手にしても、治すのは容易ではないぞ。これに懲りて、二度と不用意に触るでない!」
サーシャは肩を怒らせ、荒い息で一気にまくし立てた。いつの間にか、黒レースの手袋をはめている。
ドゥルクは、皺だらけの手をまじまじと見つめて呟いた。
「サーシャ様の手、とてもひんやりしていました」
「当然だ。この体は、死まであと一日という、瀕死状態にある。死体のようなものだ」
衣を大きく翻し、早足で館へ引き返す大魔導師の後を小走りで追いながら、ドゥルクは顔をほころばせた。
小さな体はずっと、人肌の温もりに飢えていた。
サーシャの手は冷たくても、これほどドゥルクを心配してくれた温かな気持ちが、とても嬉しかった。
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