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エステの効用
今日は、私の友人Mさんの身に起こった奇妙な出来事についてお話ししたい。
Mさんはずっとご主人と二人暮らしだ。結婚して30年近いのだが、子どもには恵まれず、それぞれ仕事を持ち、また共通の趣味もないので、仲は悪くはないが普段の生活はばらばらに過ごしている、といった感じである。
そんな彼女が先月、突如思い立ってエステサロンを訪れてみた。
彼女は今まで、そういった類のサービスを利用したことはなかった。30年前、結婚式前にいわゆる『花嫁エステ』のようなものは受けたことがあったが、元来そういったことにあまり興味がないので、世の女性が行くような美容系、健康系の店を利用したことがなかったのである。
それがなぜ急に行く気になったかというと、姪に「皺が増えたね」と言われたことがきっかけだ。姪はまだ大学生で、Mさんの姉の娘にあたる。彼女によると、今どきの子は高校時代からメイクは普通にするし、エステ通いは日常だと言う。彼女はMさんにも、もう少し身だしなみに気をつけろ、みたいなことを言ったらしい。
「エステ通いは日常ってことはないんじゃない?」
私はMさんに言ってやった。実際、私はほとんど行ったことがないし、私の周辺にはスポーツクラブ通いの人はいるが、エステ通いに熱心な人は誰もいなかったからだ。
「まあね。話を盛ってるなあ、とは思ったけど、なんかね、急に私は行きたくなったのよ」
彼女は休日に、ネットで見つけた店に行ってみた。自宅近くの駅前にあり、ネットの口コミも上々だった。
彼女が選んだのは初回お試しセットで、90分リンパマッサージや泥パックがあり、料金は通常の半額というもの。
初エステは、途中ウトウトしたくらい気持ちよかったのだが、マッサージは(こんな痛いものなのかな?)と疑問に思うくらい痛い時もあった。特に肩と顎をマッサージされた時、思わず顔がゆがむくらいの激痛が走った。
しかし施術を受けて鏡を見た時、「えっ?」と声が出たくらい効果はあったのだ。顔の皮膚がつるつるになっただけでなく、顎のラインがすっきりして小顔になり若返った気もする。
大満足で家に帰り、その日は晩御飯の支度もはかどった。夫婦ふたりとはいえ、普段、疲れた身体で料理するのは時には億劫だったりするものだが、エステを受けた後の高揚した気分がずっと続いていたようだ。
夜になって、ご主人がいつも通り疲れた様子で「ただいま」と、マンションのドアを開ける。
「おかえりなさい」
いつもよりはずんだ声で、Mさんは答えた。
その声に、いつもと違う何かを察知したご主人は、Mさんの顔を見るなり、「お!」と大げさに驚いてみせた。
「わかる?」
Mさんがそれだけ言うと、
「わかる、わかるよ。若返ったねー」と、ご主人も答えた。
奇妙なことが起きたのは、ご主人の実家に帰った時のことだ。
その翌週、夫婦は夏季休暇を取って、ご主人の実家に帰ったのであるが、ここ数年、ふたりの休みを合わせられず、里帰りは久しぶりだった。
ご主人の実家のあるU駅は新幹線も止まる大きな駅だが、駅舎を出た途端、全く知らない女性から、
「えみちゃん、久しぶり!」と、声をかけられた。
「え?」
「懐かしいわあ。今日は里帰り?」
里帰りといえばそうだが、声をかけてきた人に心当たりはないし、そもそも『えみちゃん』とは誰だろう。ぽかんとしている夫婦に、その年配の女性は「こちらは? ご主人? どこかでお見かけしたような」と言う。
「すみません。どちら様でしたかしら? 私はえみちゃんではないのですけど……」
恐る恐るといった体でMさんが言うと、「ええ!」と、その女性はのけぞらんばかりに驚いた様子で言った。
「……。まあ…… こんなに似てる人がいるの……。ごめんなさいね。てっきり、えみちゃんとばかり」
その女性は、そそくさと駅の階段を上って行った。
夫婦は顔を見合わせて笑ったが、次の瞬間、ふたりは驚きで固まってしまう。
「えみちゃん、えみちゃんじゃないか!」
男性の声がする。
そちらを見ると、人の良さそうな中年男性がにこにこと汗を拭きつつ、こちらに歩いてくる。Mさんは、先程と同じ答えをして、男性の方も先程の女性と同じ反応を返してくる。
「……つまり、ご主人の故郷に、Mさんそっくりの人がかつて住んでいたのね」
「それも似てる、なんてレベルじゃないみたい。瓜二つってやつ。しかもね、気持ち悪いことにそうやって声をかけられたのが、あとまだ何回かあったの」
ご主人の実家近くでは、そういったことはなかったが、えみちゃんは人気者らしく、駅周辺ではスーパーやコンビニでも声をかけられた。
「よほど『えみちゃん』がどういう人か尋ねようかと思ったけど、やめたわ。なんか怖くて」
「この世にはそっくりの人が3人いる、って言うわね。あとひとりになったわね」
私が冗談ぽく言ったところ、「そっくりな人が集まったら、何か不幸が起こるって言うから気持ち悪いわ」とMさんは顔をしかめた。
「そうそう、エステを受けた日の写真、見る?」
と、彼女がスマホの写真を見せてくれた。
「あれっ! なんか顔が違うような……?」
その写真の彼女は、顎のラインがシャープで、私の目の前にいるMさんよりだいぶ若く見える。
「これはえみちゃんかもしれないね」
私が笑いながら冗談を言うと、Mさんも含み笑いしながら答えた。
「そう、これは私じゃない、えみちゃんよ。あなたもエステを受けてみたら? 不思議なことが起きるかもよ」
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