白けた雰囲気

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白けた雰囲気

 前回、昭和初期の古い話を思い出したので、今回も古い話をいたします。  今回の主人公は私の父。  前回、狐狸にたぶらかされた祖父の息子である。  父はいわゆる『怪力乱神(かいりょくらんしん)』の類いは一切信用しない、そういう『不思議系』が大嫌いな人である。「幽霊を見た」などと言おうものなら、怒りに満ちた父からお説教をくらうほどである。  そんな父も最近は歳をとり、丸くなってきたせいか、そこまで否定的ではなくなり、そういう話に耳を傾けるようになってきた。同時に、自分が若い頃に体験した不思議な話を語ってくれるまでになってきた。  そうは言っても、本人が『不思議』を認識して来なかったせいか、不思議と言っていいかどうか、微妙なラインの物語ばかりである。  ただ、ひとつだけ、「これは怖い、不思議」という話があったので、今からご紹介しようと思う。  父は四国の地方都市で生まれ育ち、高校卒業と同時に銀行に就職した。  それまでは田舎暮らしなので(父が育ったのはそのあたり一帯、田畑しかない)楽しみもなく、自由になるお金もなかった。  しかし、働き始めると、お金も出来るし、戦後民主主義が行き渡るにつれ、未婚の男女が結婚を意識せずに『デート』を楽しめるようになったご時世でもあった。  その日、父は近所に住む女の子と、仕事終わりに食事して仲良く帰ってきた。家の近くにある農作業小屋の前で別れを惜しんで(か、どうかは知らないが)、ふたりは雑談を始めたが、楽しく食事して盛り上がっていた気持ちが急速に冷めていくのを感じていた。  憎からず思っているはずなのに、先ほどまでの楽しかった気分はどこへやら。農作業小屋の前で話を始めた途端、白けた雰囲気が漂ってきたのである。  彼女は、と言うと、つまらなさそうな顔で、父の話に適当に相槌を打っている様子である。  そのうちに、父は本当に体調に異変を感じ、気分が悪くなってきてしまった。結局ふたりは早々にその場を離れ、それぞれの家に帰った。 「何十年経っても、急になんとも言えない気持ち悪さが襲ってきたことを忘れられない。あんなことは初めてだった」そうだ。現に、半世紀経ってもその時のことを覚えていて、そんな話をするのだから、相当印象的な思い出なのだろう。 「不思議といえば不思議かな、けどそういう時ってあるよ。話が盛り上がった後、急に白けることはよくあるし」と、私は言った。ところが……。 「翌日の朝、その農作業小屋は大変な騒ぎだった。中で人が首を吊っていた」 「……!」 「自分たちが話をしていた時には、もうすでにその小屋の中で死んでいたらしい。それを知ってぞっとして……」 「えー! 全然、気づかなかったって……」 「小屋の扉が完全に閉まってたから気づかなかった。けど、その作業小屋の前に座った瞬間、背筋がぞくっとしたのも覚えている。あの『ぞーっと』した感覚は忘れられんなあ」  結局、その女の子とは進展もなく、その後違う人(つまり私の母)と結婚したわけだが、もしその日、その作業小屋の前に行かなかったら、その女の子と結婚していたかもしれない。  人生って、そんなものだ。
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