おばあちゃんと猫

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おばあちゃんと猫

 昨年の夏のお話である。  その年、Eさんの祖母が春先に亡くなり、新盆に当たる8月のお盆の入りに彼女は里帰りした。  実家は兵庫の、有名な観光地や名城がある地方都市である。  Eさんは帰宅早々、お仏壇に手を合わせ、ご先祖様とおばあちゃんに帰郷の報告をした。お仏壇には、おばあちゃんの好物だった薄皮饅頭がお供えされている。おばあちゃんは、何十年も、その好物をほとんど口にしないまま亡くなった。  お母さんが冷たい麦茶を持って来て「仏様にお供えしたし、私たちでいただきましょうかね」 そう言って、薄皮饅頭の皿をお下げした。  冷たい麦茶とお饅頭にホッと一息ついたEさんに、お母さんが「聞いてくれる?」と、話し始めた。  それは実家で飼われている猫のことだった。  亡くなった祖母が、殊の外可愛がっていた猫の『ミイ』は、もうそろそろ20歳になる老猫だ。 「ミイちゃん」と呼ぶと、「にゃー」と返事する、可愛いくて頭のいい洋猫である。 「ミイちゃんがね」とお母さんが話し始めた時、「にゃあ」と言いながら、当のミイが仏間に入って来た。そして、仏壇の前で正座するかのようにちょこんと座った。  それ自体は珍しいことではないのだが、賢いはずのミイが、「触っちゃダメ!」といくら言っても、お仏壇にジャンプして、お供えしているお饅頭を取るのだそうだ。ミイは歳を取っても、まだまだジャンプは得意なようだ。  しかし、困ったことである。結局、最近では、お仏壇には生ものや皿に盛ったものはお供えしないようにしている、と言う。  今、そのミイは、甘えるようにEさんの膝に乗ってきたり、まとわりついたりしている。そして、お饅頭を欲しがるそぶりは全くない。 「お饅頭が食べたくて、お仏壇にジャンプしてるんじゃないみたい」  Eさんが言うと、 「そういえばそうね。お饅頭の皿を下に落とすだけだもん」  と、お母さんが答えた。 「いたずらしてるだけかな。ねえー」と、Eさんがミイの頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めている。 「ミイは薄皮饅頭、食べたことなかったよね? 」  生前、おばあちゃんは糖尿病を長いこと患っていて、猫も糖尿病になることがある、とどこかで聞いて来て以来、「ミイにも禁止!」と強く言っていたそうだ。 「私たちには禁止してなかったのにね」 「身体の大きさが違うもの」  そんな話をしていたら、「あっ!」とお母さんが思い出したように叫んだ。 「もしかしてだけど、おばあちゃんも甘いもの食べちゃいけなかったから、ミイはそれがわかってて、おばあちゃんに食べさせないようにしてるのかしら」 「ミイの中では、おばあちゃんはまだ元気で、甘いもの禁止を守ってるってこと?」 「にゃー」  Eさんの言葉にミイは同意するように鳴くと、彼女の膝から下りて再びお仏壇の前に行った。リラックスしたように、箱座りしている。そして、ときおり、顔をばっとあげて仏壇のほうをじっと見る。  開け放した仏間に、中庭の方から涼しい風が吹き抜ける。甘えるように「にゃにゃー」とミイが鳴いた。
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