いちじくの実のなる頃

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いちじくの実のなる頃

今日のお話は、不思議でもなんでもないのですが、私は忘れられないお話なのでご紹介したいと思います。ただ途中、事件の話が出てくるので、もし苦手な方は読むのはおやめください。いつ、どこで起きたか、など肝心なことは書いてありません。 〜〜〜〜 9月になり秋の声が聞こえ始めると、私は店頭に並ぶ果物を買うのが楽しみだ。 特に今の季節は無花果(いちじく)。今年は8月の1カ月がとても暑かったので、いちじくの生育がことのほか良かったようで、安価でとても美味しい。 しかし、Tさんはいちじくが食べられない。それは心理的トラウマから来るものだ。 Tさんが若かった頃、実家の庭のいちじくの木の下で大事件があったのだ。 Tさんの実家の庭はとても広く、それは元々、Tさんの父親の一族みんながそこに住んでいたからだ。庭で果物などの小さな畑を作っており、特に、いちじくの木や夏蜜柑の木はよく実がなり、家族で食べるには十分だった。 ミカンと比べると、いちじくの木は日が当たらない場所でも比較的よく実をつける。それだけに、いちじくは家の北東部に植えられていることも多い。 夕方などは、大きないちじくの葉っぱが幽霊の手のように見えて、子供の頃のTさんは怖かったこともよく覚えている。 Tさんが大人になり、そろそろ結婚を考える年頃になったある年。近所で大きな事件が起きた。 些細な罪で追われている暴力団員が、警察の手を逃れて町内のどこかに潜んでいるというのだ。Tさんの実家の近くに、その暴力団員の内縁の妻が住んでおり、彼女に会いに来るのではないか? と刑事さんが交代で張っていた。 ある日、とうとうその男が姿を現し、警察の大捕物が始まった。逃げる男はTさんの実家の広い庭に逃げ込んで来た。大小さまざまな木が、時には障害物、時には目くらましとなったが、とうとう男は追い詰められた。それはいちじくの木の下。 木の横には高いブロック塀があり、男は登ろうとしたが、警官の手が男を捉えたのが一足早かった。男は引きずり下ろされ、警官が男を押さえ込んだ瞬間、呻き声とともにその警官は仰向けに転がった。男が持っていたナイフで、その警官を刺したのだ。あわてて駆け寄る刑事たち。男は現行犯逮捕されたが、不幸なことに勇敢な警官は、その後病院で亡くなった。 実家の庭でそんなことが起きていたことはTさんは全く知らない。幸運なことにちょうどその日、家族揃って市外に出かけており、夜帰って来て事件を知ったからだ。 しばらくは、家の持ち主であるTさん一家すら庭に立ち入り禁止であったが、そうでなくても恐ろしくてとても現場には近づけなかった。 その1年後には、Tさんは結婚して実家を離れたが、そのいちじくの木はそのままだった。しかし、いくら実をつけても誰も食べない。それどころか、木自体に触れるのも怖くて、そのいちじくの木には誰も近づかなくなっていた。Tさんの子供がまだ小さい頃まで木はそのままで、毎年実をつけていたが、子供たちも庭で遊ぶのは好きだが、いちじくの木に近づくことはなぜか嫌がっていた。誰もその話を子供たちには教えなかったのに。 余談になるが、その暴力団員は内縁の妻との間に、当時まだ生まれたばかりの子供がいた。 事件後、その親子は逃げるように都会に出て、子供は努力してある職業に就いて成功を収めたという。
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