0人が本棚に入れています
本棚に追加
本編
一
生まれた頃からその様に見ていた訳ではない。最初は私も周りも普通に生きた人間だと思っていた。然し、私は何時から人の人生は花の様だと思ったのか。それは解らない、生きていたら何時の間にかそう感じただけであった。そんな私は自殺未遂をした。人気の居ない所で手首を切って死のうとした。でも死ぬ事は出来なかった。偶然通った関係のない人間に倒れていた所を見つけられた。そんな私は今病院に居る。点滴と言う物に打たれ、左腕にチクチク、チクチク、チクチク、針が刺さっている。チクチク、チクチク、もう生きる価値もない萎れた花の自分に水を与えている。無理矢理、与えられている。今直ぐにでも取り外してやりたいと強く思った。此の儘、病院の白い寝床の上で仰向けのまま天井を眺めるだけしかなかった。日付は変わって行く。時は過ぎる。私は漸く病室の外に出ることを許された。点滴を連れて廊下を歩き廻った。ふと硝子窓を見ると綺麗な青空が見えた。「空はこんなに綺麗だったのか」そう思って小さく呟いた。すると近くから男の声が聞こえた。「今日は、見ない顔ですね。」私は其の方を興味の無い様に見た。
「今日は」無愛想な態度で一応挨拶くらいは返した。だが男は私の横まで来た。私は此の儘無視をした。なのにだ、男は何とも思わない顔でずっと笑顔の儘、笑っていた。私から見たらとても不気味にしか見えない。何時の間にか出てたのだろうか、私の表情は厭そうな顔を表に現していた。それに気付いた男は申し訳なさそうな顔になった。
「御免なさい。僕、何か厭な事でもしましたか?」
そう首を傾げて云っていた。よく見ると厭そうな人間ではない気がした。そして大体、学生と呼べる程の青年の姿をしていることが解った。そんな私はとっくに成人である。
「別に、何もしていない。」一言だけ云って私は青年の事を放って置いて奥へと進んだ。別の硝子窓を見ては木が自分の目に入った。其の木は緑が生い茂っていた。硝子窓が閉まっている為、風を感じる事は無かったが木を見れば解る。木の葉が揺れているのだ。ゆるりゆるりとゆっくりとそよいでいた。屹度、夏が近いのだろうとも思った。廊下で何も考えずに歩いた。何処かに刃物があれば死ねるのに、そんな心が何処かにあった。どんな刃物でもいい。鋏でもいい。兎に角自分が死ねる物が無いかと考えてしまう。今の自分は生きる事を諦めているのだ。兎に角、生きたいとは思っていないのだ。どうせ病院の中を徘徊しても何も無いと思ったのだろう、私は自分の入院している部屋に戻った。ふらふらと歩き、何人かの別の患者ともすれ違う。誰とも目を合わせようとはせず、ずっと俯いて歩いた。此の儘、自室に入ってぐったりと寝床に座り込んだ。もう何時の間にか夕方になっていた。すると、扉を叩く音が聞こえる。其の音の方を見ると扉は開いた。そして、花束を抱えた女性が入って来たのだ。よく見ると彼女は知っている顔だった。私を見た瞬間、明るい表情になって此方を見て来た。
「花坂さん、大丈夫やったんですね」嬉しそうな顔をして私の方に駆け寄った。
「私、花坂さんが手首切って病院に行ったって言う話聞いて、心配で来たんです。」
「心配をかけさせて申し訳ない。ミノリさん」自分は少しながら眉を顰め、反省したような表情をした。
「そんでですね。私、花坂さんの為に花を買ったんですよ。」
ミノリと言う名前の彼女は沢山の花を見せて来た。其れは綺麗な花ばかりだった。
「これ、高いのだろう?」そう私は首を傾げて彼女に訊いてみた。すると彼女はクスクスを笑っていた。私は何が可笑しいのかと思い厭な顔をした。
「あはは、すいません。ここ病院やった。えっと、此の花全部近くにあった野花ですよ。」
そう聞くと私は目を少し見開き彼女の方を見た。そんな自分の表情を見てはミノリは笑っていた。
「花坂さんってこんな顔するんですネ。」揶揄うかの様に笑っていた。すると、何かを思い出したかの様な顔になりミノリは私に訊いて来た。
「花坂さん、花瓶ありません?花瓶が無いと花なんて飾れませんよ。」
「あぁ、花瓶」私は小さく呟き部屋の周りを見渡した、すると一つの青い硝子の空の花瓶を見つけそれを取ろうとしたが私は誤ってその花瓶を落としてしまい割ってしまった。青い硝子は硝子窓から差し光る日光で綺麗に見え、私はその割れた青い硝子の一番大きな破片に触れ様としたが横からミノリが手で私の細い手首を掴んでいた。
「花坂さん、触っちゃ駄目ですよ。片付けは私がやりますし、代わりの花瓶も取って来ますから」
止められてしまった、本当はその青い硝子で自分の手首を傷つけようとしてたのだ。其の儘、私は諦めてまた寝床に座り込んでは仰向けになり、天井を見た。すると、ふと眠気に襲われたのだ。
「花坂さん、眠いんですか?寝ていいですよ」その彼女の言葉で私はゆっくりと目を閉じて、眠りに沈んだ。随分と長く寝た。次に目を開けた時にはもう明日の朝になっていた。上半身を起こし、周りを見ると透明の花瓶があり、その中に昨日ミノリが見せた花、萎れた花があった。「あぁ、花は一度切ってしまえば直ぐに枯れてしまう」そんな哀れむ様な気持ちで、その目で、枯れ行く花を見た。そして昨日と同じ様に扉から叩く音が聞こえ、彼方の方を見た。扉が開くと其処には看護婦が居り、部屋の中に入って来た。
「お早うございます。体調はどうですか?」そう尋ねると私の方に行き、点滴の針に弱く触れていた。私は「普通です」目を背け、目を合わせない様にしていた。やっぱり針が刺さっている腕はチクチクと感じていた。この針を早く解いて呉れ。そう心の中から願った。看護婦は点滴の針を外し、袋も回収した。
「あとは数日、安静にしててください」そう言った後、看護婦は直ぐに出て行った。何だろうか、針が離れたことで心が少し晴れやかになったと感じる。よっほど嫌だったのだろうかチクチクと感じないと思ったが少しした後に小さくチクチクと感じた。然し痛みがあるとするのならば、生きているとも感じる。此の儘ぐったりとなり倒れ込んだ。ずっと晴れやかな心になると思いきや直ぐに憂鬱で疲れた様な心になった。「疲れた」小さく呟いた。廊下へ行ったって何もすることはない。只、寝る事しかないと思った。残りの病院の生活は寝るくらいだけだった。数日もすれば、花は枯れ、カサカサになり、花弁は殆ど落ちていたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!