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周りの不安を他所に皇女ベアトリスは健やかに成長した。 その黄金の瞳を輝かせて、元気に明るく少女は無邪気に笑う。この国では国王、王妃が退任し、新国王もしくは新女王が決定する時に始めて世に出る。それまでは跡取りの存在は公式に発表されず、城内で勉強するだけでなく、外に出て普通の子供のように過ごす決まりになっている。 7歳になったベアトリスは学園の制服を着て、ふわふわとした亜麻色の髪をゆるく三つ編みにし、頭には学生帽を被って、夏の日差しから守ってくれている。 お付きのアーサーと手を繋いで帰路を歩く。彼は15歳になったばかりであったが、彼の父は宮仕えで、息子も当然のように幼いころから給仕していた。歳が近いという理由から彼はベアトリスの付き人となり、身の回りの世話をしている、と言っても国王からは妹だと思って接してくれればいいと言われているが、父からいかにこれが素晴らしいことで、重要なものかと説き伏せられていた彼は、兄妹のように振る舞うことなど恐れ多く、頭を悩ませながらも共にいる。そんなアーサーの苦悩を知ってか知らずか、幼い彼女はよく懐いてくれている。 「ねえ、聞いてアーサー!かけっこがいちばんだったのよ、男の子よりもすごく早くて、先生もみんなもびっくりしていたんだから」 制服の白い半袖から伸びる白い腕を持ち上げて、ベアトリスは手を繋いでいる反対の手をグーにして自信満々に言った。 「それはすごいですね、でも姫様、お怪我をしたら大変です。あまり運動はなさらないほうがよいのでは」 「アーサーったら、わたしはそんなに軟ではないわ。この間なんて、誰よりも高く木に登れたのよ?」 「木に登った!?なんて、危険なことを!落ちたりしたらどうするんです!?」 「あははは、平気よ。ふふふ、アーサーってね、学園でとても有名なのよ?ひめちゃんの兄さまは恰好いいのに過保護なのね、って。わたしが学園でひめって呼ばれているのも、アーサーのせいなのよ?」 くふくふとベアトリスが笑う、外で彼女のことを王族だと明かすのはご法度だが、アーサーは城内でも城外でもなにひとつ変わらない。アーサーがベアトリスを姫だと呼んでも、ベアトリスのことを本当の姫だと疑う人もなく、あまりにも過保護な兄で通っているのが幸いだった。 ベアトリスがそのまま城へと戻っても、城内には王族以外の子供も出入り出来るのが、彼女が王族だと思われない理由のひとつでもある、宮仕えをしている者は家族で住み込んでいる者も少なくない。アーサーの家族もそのひとつ。 エントランスへと向かう道中、ベアトリスよりも幼い少年が真剣な表情で、震える手で植木ばさみを持っていた。その隣に立っていた男性は苦笑して、しゃがむとその腕を取って教えてやっている。 「マイヤー、ただいま」 ベアトリスが声をかけるとふたりが振り向いた。 「姫様、お帰りなさいませ。ええ、うちのせがれです。グフタフ、挨拶しなさい」 息子の手から植木ばさみを取って、身体を向きなおさせる。 「どうも」 小さな彼はぺこりと頭を軽く下げた、その頭を父親が叩く。 「いてっ、なにすんだよ!」 「どうも、ってなんだ。おれは挨拶をしなさいと言ったんだ。おまえのそれは挨拶とはいわん」 「なんだよー!いいだろ、おれこのおんな知ってるもん、ひめさまだろ!この間一緒に鬼ごっこしたもんな、こいつすんげー足早いんだぜ。まさに鬼の女」 べしっと軽い音がしてまた頭を叩く音。 「とんだ失礼を」 息子の頭を持って強引に頭を下げさせる。 「ふふふ、気にしてないわ。グフタフはマイヤーの子だったのね、また遊びましょう」 「ええーあんた足早すぎるから、鬼ごっこはやだ。もっとげいじゅつてきなことにしようぜ!」 「芸術的?」 「ああ!父さんみたいな、すごいものを作るんだ!父さんはすごいんだぜ、ここの庭を全部デザインして、管理して、いっつもぴっかぴかだ!だからおれも芸術的なことをするんだ!」 マイヤーは自身の息子がベアトリスに失礼なことをしているのを咎めるべきなのに、息子の言葉が嬉しくて唇が弧を描きそうになるのを押えて、おかしな表情になっているのを、アーサーは声を押し殺して笑った。 「面白そう!そうだわ、お花を生けるなんてどうかしら。ねぇマイヤー、先生やってくれるわよね」 「私の専門は庭で、生け花の専門ではありませんが、それでもよろしければ」 「勿論よ!ねぇビルを知ってる?お花がとても好きなの、時間がある時にはお部屋に飾るようにって送ってくれるのよ、彼にも声をかけてみてもいいわよね」 黄金の瞳をきらきらと輝かせて、ベアトリスが笑う。ビルは宮仕え一家、クロフォードの息子で、家族全員住み込みでここにいる。 「ええ、勿論」 「やったあ!きっととても喜ぶわ!ね、アーサー、アーサーも来るわよね」 そうであるのが当然のように、ベアトリスはアーサーの手を引いた。別段花に興味があるわけではないが、彼女が気になるのならば、初歩的なことは勉強しておいたほうがよいのかもしれないと、頷く。 「ふふ、楽しみね」 「父さんが教えてくれるんだ!きっとみんなげいじゅつてきで、すっごい出来になるぜ!」 自分のことを嬉しそうに自慢する息子に、マイヤーはもう我慢ならずに、嬉しいこと行ってくれるじゃないかっ!叫びながら抱き着いて、グフタフは汗でべたべたする!とじたばた暴れた。ベアトリスは目を丸くして、アーサーは耐えきれずに笑い出した。
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