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城内に入り部屋へと向かう、道中見かける人たちにただいまと声をかけると、おかえりなさいと優しい声が返ってくる。 階段を上っていると、外は熱い日差しが降り注いでいると言うのに、長い紫のローブを身にまとっている眼鏡をかけた男が下ってきて、ベアトリスは反射的に顔を背けた。分け隔てなくみんなが好きなベアトリスだったが、この男だけはどうにも苦手だ、出来れば避けて通りたい。 「おや、お帰りですか」 「ただいま、ランバート」 ただでさえ背の高い彼が、自分よりも階数の高い場所にいると余計に高圧的に感じる。 「体調は悪くありませんか」 「ええ、とても元気よ」 彼と視線を合わせないように吹き抜けになっている階段下を見ると、メイドのひとりがバケツを持って何処かへと歩いて行くのが見えた。ランバートはふむと頷くと、汗を吸った制服を着ていることも気にせずに、彼女の脇に手を差し込んで持ち上げる、急に視界の高くなったベアトリスは目を丸くする。 「不敬だぞ」 アーサーが窘めるが、ランバートは聞いていない。片手で軽々と支えた男はしげしげと黄金の瞳を覗き込んできた、顔を逸らすが空いている手で顎をもたれて正面を向かされる。 黄金が光り、黒い影が写りこみ何かが蠢くように揺れていた。 「…、腹は空きませんか」 「そうね、何か作ってくれるの?」 「食べてみるか?」 「なに、…っひ」 ひゅっと風が吹いた、かと思えば彼左手の平に、真っすぐに横に切り傷が出来、そこから赤い血液がつうとすじとなって流れ手首に伝っていくのを、ベアトリスに向けた。 「あ、アーサー!アーサーっ!」 両手でランバートを突っぱねて近くに立つ、彼の名前を呼ぶ、アーサーはすぐに彼女を抱き上げて、自らの腕に収めた。 「平気ですよ、大丈夫」 背中を優しく撫で、魔術師を睨むと彼は肩をすくめ、脇を通り過ぎて階段を降りて行く。 「ランバート」 息を整えても未だ、アーサーの胸に顔をうずめたまま動かないベアトリスが声を上げた。ランバートは足を止めて振り向く、彼女の姿はアーサーに隠れて見えない。 「医務室へと行くといいわ、イムランがまだ居てくれたと思うから」 「これくらいなんともないですよ。それよりも、飢餓状態になるまで放置しないようにしてくださいよ、人ひとりまるまる食べられたらたまったものではない」 「いくらお腹が空いても、人を食べたりしないわ」 宮廷魔術師は返事をせずに階段を下って行った。
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