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今にも雪が落ちてきそうな灰色の空、帽子を目深に被った男は、何人もに踏みつけられ、茶色く窪んだ雪の上の足跡を辿った。 昼間だというのに、光の届きにくい路地裏は妙に暗く、薄汚い。そんな辺鄙な場所に人がたかり、こそこそと小さな声で囁いている。 「また起こったみたいよ」「ええ、そうみたい、怖いわね」「これで何人目になるのかしら?」「自業自得だ」 多くの頭が見えるばかりで、何が起こったのか視認することは出来なかったが、彼らの話からして確信した。 「どいて!」 男は大声を張り上げて、ギャラリーの不審そうな視線がいくつも向いた。 「どいてってば!」 視線を向けるも道を開かないギャラリーの間を強引に縫って、先頭までたどり着く、黄色いテープ、無数の警官、頭を壁にこすりつけ倒れているひとりの男の姿、彼は誰に声をかけるわけでもなく当然のように規制線を潜り、男のそばにしゃがみ込む。顔は青白く唇も紫に偏食しているというのに、何故か満足そうに弧を描いていた、死んでいるにもかかわらず男は幸せそうだ。 首元を見るとふたつの小さな穴が開いている、この事件も同じだ。 目を細めて首元に手を伸ばす。 「部外者は立ち入らないでください!遺体に触らないで!」 警官が気づき、男の腕を取って立ち上がらせる。 「なんなんですか」 立ち上がらせられた男は不機嫌そうに警察を見る。 「それはこっちの台詞ですよ、何勝手に現場に入ってきてるんですか!一般人立ち入り禁止!黄色いテープが見えなかったの?」 警官は規制線を指さすが、そんな話を聞いてもいない男は、また膝を折って遺体の噛み痕を見ている。 「ちょっと!」 また腕を持ち上げたが今度はびくとも動かない。 「あー、そいつはいいんだよ。諦めろ」 「なんですか、どういうことですか」 上司の言葉に部下は不機嫌そうな視線を向ける。 「なんだっけ?探偵?なんかそんなのらしい」 「は?探偵?」 ふたりが話している間にも、男は遺体の頭を持ち上げて傷口をしげしげと眺めている、話半分に彼は懐に手を入れて若い警官に一枚の小さな紙を渡した。 「え」 戸惑いながらも警官は受け取る、私立探偵 ビル・クロフォード 名刺らしいそれには、それだけがシンプルに書かれている、けれど目を凝らしてよくよく見ると、小さく連絡先である電話番号と住所が書いてあり、依頼を受けるつもりがないことがよく分かる名刺だった。 「いやいや、探偵だからって殺人事件現場にのこのこと入っていいことにはならないからな!」 「それはそうなんだけどな。別の事件で知恵を借りたことがあって、今回も力になってくれるかもしれないから好きにさせておけと言われている」 「なんですかそれ」 不審者を見る視線で探偵だとかいう男を見る。どうにも信用出来ない男だった、こんな男の名前など聞いたこともない。帽子を目深に被っているせいで表情は分かりにくいし、それになにより若すぎる。20に届くかどうか、小説の世界ならば警察の近くに探偵が居て喜ばれることもあるだろうが、現実世界に現れてもはた迷惑な存在でしかない。 遺体となって発見された男、フィリップ・バスケスは30代男。身長177㎝。首元にはふたつの噛み痕、他の外傷は無し。検死解剖してみないと確かなことは分からないが、おそらく他の遺体と同じくして血液が消えているのだろう。今巷で起こっている吸血鬼事件と、10年以上前に城で起こった、城内の人間が何者かによって血液をすべて抜かれ死亡した事件には類似性が多く、犯人は同一であるとビルは睨んでいる。 そして、その人物すら彼は知っていた。10年前、多くの犠牲者を出しながら遺体が出なかった人物がいる。 この国の皇女、ベアトリス、両親の仇。
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