ルサンチマンか脱ルサンチマンか

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しかしこの日、女性の怒りを買った人物の中に、湯田中選挙区選出で日本創新党所属の湯本光治参議院議員の姿はなかった。日本創新党が政権に返り咲くために必要な野党第一党の座から引きずり降ろされ、次の選挙でも勝てる見込みがないためだと言われている。その湯本に替わり出馬したのが、新顔の「山谷幸恵」なる人物である。彼女は公約をこう掲げた。 『この国の形を変えていかなければ、私たちが生きている間に、この国に明るい明日は訪れないと確信しております。私たちは国民と共に手を取り合い、共に希望に向かって歩みたいと思います』 (それなのに) 『この国がこのままの状態でいる限りは、国民の誰もが安心できる生活は得られません。私は今一度この国から、国民の声が届く政府をつくり直す決意を固めました。国民とともに考え、国民のために尽くします』と訴えた。 (でもそれは建前だわ) 日本共生党の政策綱領草案にはこう書いてある。「国民主権の確立、基本的人権の確保、個人の尊厳の尊重」と「自由で開かれた民主国家」の形成と確立を目指すとした一項があり、「公共の福祉」「社会の秩序維持」「国益の保護・増進」といった言葉も見られるが、それらは憲法九条の精神とは明らかに異なるもの。つまり条文の趣旨とは異なった内容になっているのだ。 そして党規約によれば党首選は四年に一度の国会での一票により決定されるのだが、今回は党が独自に行う世論調査により選出された。その得票率はわずか2・6%で、党が推薦した候補者は0・4%に過ぎなかった。日本共生党の支持者は、その9割以上がネット上の意見を鵜呑みにした「集団示談請求」に参加する若者であり、残りの大半は日本創生党支持者だったからである。 だが日本共生党の永田はそんなことは知らない。日本創成党の敗北と党の解体により、自分が党の命運を握ることになってしまったのだ。彼はこう言っている「我々にはまだチャンスがある、必ず与党に返ることができる。無責任野党が野党の役目を果たせなくなるのはこの先の事です」と…… 「さてそれでは早速はじめましょうかね。皆さんお忙しいでしょうからね、さくっと投票までやってしまわないと」 選挙カーに乗った眼鏡の男-永田が車内マイクで語りかけると、スピーカーを通して彼の主張が流れる。「我々は今こそ『責任与党』の樹立が必要と考えています」。 「えーこの国はどうすれば良くなるのかというと、国民の方々一人一人が自分自身の生活を守るために責任を持つことです。このことの表れとして『投票の権利』が憲法で保障されております。ところがその権利を放棄する人がこんなにもいるわけです」 永田は選挙カーの前にあるモニターを見た。画面には街頭に溢れかえった若者たちの映像が流れ始めた。 「なぜ棄権するかというとですね。投票することで、誰か特定の人に入れなければならないとか、あるいは入れたくない人に一票を入れてしまうと困ったことになる、と皆考えているんです。つまり責任を負わなければならない、という意識が強い。だから投票に行きにくいし、行かない。でも責任野党に任せていては何も変わらない。この国を本当に変えていくには、一人一人の力が必要なんですよ」 『そうですね。責任野党を選ぶのは簡単だけど、責任与党を選ぶのは難しい、と国民が思っていることの現れが、棄権率の急上昇に繋がっているという分析もあるし』 『棄権率が上がっているのは、それだけ人々が政治に対する信頼を失っているという事実。でも、ただ不満を持っているだけでは、この国は何も変わらない。』永田はマイクを握り締め、選挙カーのモニターに映る若者たちへと力強く語りかけた。 突如、スピーカーから流れる音が途切れ、場に静寂が広がる。その瞬間、山谷幸恵がステージに上がった。彼女はマイクを持ち、冷静な声で言った。 『私たちが変えるべきは、ただの政治制度だけではありません。私たち自身の意識、そして社会全体の価値観を変えていく必要があります。』 永田はその言葉に一瞬、驚きを隠せなかった。しかし、彼はすぐに微笑を浮かべ、マイクを握った。 『確かに、価値観を変えることも大事です。でも、それを言って逃げるのは簡単ですよ。具体的な行動が伴わなければ、言葉はただの風です。』 山谷は永田の言葉に頷き、続けた。 『具体的な行動、それは確かに重要。私たちは新しい法案を提出し、教育改革を行い、そして社会福祉の見直しも行います。具体的な行動が求められているのは、私たち政治家だけでなく、一人一人の国民も同じです。』 選挙カーから降りた永田は、山谷に近づき、手を差し伸べた。 『それでは、この選挙でどちらが国民に選ばれるか、公正な戦いをしましょう。』 山谷もその手を握り、微笑んだ。 『確かに、公正な戦いを。』 そして、二人は選挙戦の火蓋を切った。
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