2人が本棚に入れています
本棚に追加
日本時事ギャル47浪士の会
「もう懲り懲りだ」
スクランブル交差点に街宣車が乗り込んだ。ちょうど左折してきた選挙カーを遮るかたちで侵入した。もちろんこれは犯罪である。選挙の自由妨害は民主主義制度の根幹を揺るがす暴挙であり罰は重い。だが公示期間ではないので公職選挙法に触れない。せいぜい道交法違反か威力業務妨害だ。
「ちょっと!」
ザマ美が運転席から降りると街宣車からも一人の男が出てきた。
「日本朗涯党 本郷タツアキ」というタスキをかけている。
新興の政治結社で主に動画サイトを根城にしている。老害というネットミームに対抗して朗涯⦅ろうがい⦆すなわち朗らかな人生を主張している。
二人は短文投稿サイト「ノッカー」でいがみ合っていた。
タツアキがどストライクな正論を投げてくるのに対しザマ美はのらりくらりと変化球を返していた。保守ともリベラルとも切り取り方次第で真逆に変わる言動をしていた。それぞれのフォロワーが都合よく⦅⦅引ノツ⦆⦆している。
「お前の旗色を明らかにしろ」
彼はイラク戦争で日本の首相が引用した有名な台詞で挑んできた。
「私の敵でも政府の敵でも、どっちでもいいわよ?」
ザマ美の背後からお金持ちが現れ、「やめなよー、落ち着いてねぇぇ」と手振りで二人を退散させる。
彼はザマ美の作戦要員⦅こいぬちゃん⦆の一人でいざという時の金庫番でもある。急きょ必要になった装備を現地調達したりカネでカタのつくトラブルを決済したりしている。
いつものように札束を握らせて納めようとした。
「ちょっとザマ美。どうするのよ? このおじさん、殺しちゃいけないの?」
選挙カーからリベンジャーも顔負けの女子高生が降りてきた。ずるずるのスカートを引きずっている。
「この男なんていらないわ……」
ザマ美はさっさと「消す」よう顎をしゃくって見せた。
「のわっ?!」
タツアキが身構えた。小柄ながら各種格闘技の有段者である。
女子高生も負けじと剃刀の刃を取り出す。
「まぁまぁまぁ。穏便に穏便に」
こいぬちゃんが札束を振り回して介入する。
「だから、こいつをぶっ殺せば助けてくれるって姐さんが」
JKがタツアキを名指しする。
ツリーレコード東京本店前歩道――通称ツリ下は女番のたまり場であり朗涯党の生配信スポットであるため衝突が絶えなかった。
「お前ら、俺にお金のなすりつけをする気か!」
タツアキは腕まくりして臨戦態勢である。
「そうよ。若者の自殺率がヤバくなる理由は老害のせいという意見に真っ向から対立している。だから福祉を削るかわりにお金をなすりつけてバリバリ起業してもらおうって政策よ。要するに年寄りがもっと働けって」
「だって殺せってゆったじゃん」
女子高生はわけがわからないよと反発した。
「どう? 殺るの?殺らないの? 殺るなら弁護団立ち上げてクラファン募ってあげる。ビビったのなら素直に謝って仲良くショバをシェアしな!」
ザマ美は巻き舌で決断を迫った。
「どーすんのコレ」
ゆるふわ系の女子高生が困った顔をする。
「でもさぁ、おじいちゃん。もうお金を手に入れたのよね? だからもうこいつを手放さなくてもいいって……」
さきほどのJKがスマートウォッチを示した。朗涯党の公式アカウントも動画チャンネルもバッチバチに炎上しており閲覧数の桁がみるみる増えていく。
「でも老害ばっかり儲けたら若者までお金が回らないじゃん」
いかつい目の子が金属バットを振り上げた。
「やっちゃおうか!」
数名が同調する。
「来るなら来い」
タツアキが一喝する。そしてのたまった。
どうせお金のなすりつけに殺される身だ。朗涯を掲げてみたものの若者の不満は高まる一方だ。いずれ強制安楽死だの集団自決法案だのか若手政治家の手によって起草される。そうなる前にスクランブル交差点に来た。
ザマ美に街宣車をぶつけて騒ぎを起こし世論に訴えるためだ。
「怖っぇ~」
金属バット女子たちが腕をおろした。
「うるさいな。早くお金を渡す準備しなさい」
JKたちが金庫番をせっつく。
少女偵察運動員幼年部⦅ガールスカウトのブラウニー⦆が三人寄れば喧騒⦅やか⦆ましいというが、そんなチャチな比喩では追い付かない。
スクランブル交差点は文字通り緊急発進⦅スクランブル⦆体制になった。
さすがのザマ美にも制御できない。
シミュレーションの想定外だ。タツアキに凸ってあわよくばディベートバトルのライブ配信でも、と目論んでいたが考えが甘かった。甘々の大甘。人工甘味料てんこ盛りシロップ漬けである。
くんずほぐれつの大乱闘。金庫番が転がされアタッシュケースから一万円札が舞い散る。スカートを翻して女子が突撃しタツアキがバッタバッタと徒手空拳でなぎ倒す。
「やだ!! 私はこんなことで頭が痛くなるの嫌なの。だから、おじいちゃんと若者……貨幣というものが発明されてからいっつもこうしているのよ。わたしがルサンチマンになったのはお金のなすりあうこの人達に殺される、という恐怖心。そうなる前にカタを付ける方法を考えてきた。金は天下の回りもの。私を中心にまわせるようになってきたから、楽勝だと思ってたのに。
私はこんなことで、頭が痛くなるなんて……」
「ザマ美、こいつを殺せなくなったぜ」
女番長の一人が道を空けた。
なんとタツアキが大の字にのびており、女子高生たちが手持ちのペットボトルで水分補給したりスカーフを包帯代わりに巻いてあげたり手厚く看病している。
「タツアキ先生、しっかりして」
薄目をあけて頷く男をJKの一人が膝枕している。
どうしてこうなった。
金庫番が汗を拭き吹きザマ美に問う。
「だから、うるさいのよ」
ザマ美はその場で泣き喚いた。
「おじいちゃん。おじいちゃん、おじいちゃん!」
「ザマ美……」
「もうこの国に生まれた以上、私は政治家になるわ!」
「ザマ美……」
この日、ツリ下のリベンジャーと日本朗涯党は和解し一つの政党を旗揚げした。
日本時事ギャル47浪士の会
最初のコメントを投稿しよう!