Face and voice

1/1

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

Face and voice

 刃物が顔の側面を撫でるように通り過ぎて行った直後からチャプンチャプンと水が湧き出る様な音が聞こえだし、湧くタイミングに合わせてズキンズキンと痛みが走る。 「ブフフッーーーーー!」  派手に吹き出すような笑いが聞こえた。 「ずいぶん滑稽な人相になったなブフフ」  暗視ゴーグルでも付けているのか、真っ暗闇の中で私の人相を見て笑っている。 「まあ、耳の集音機能が若干損なわれたに過ぎないから。逆に後ろからの私の声は聞こえやすくなったぐらいなのではないか?ブフフフッ」  声の主が動く気配がした。私の前面に回り込み、しゃがんで何かをしている。 「発見ブッフフフフ」  自分の足元辺りで、どうやら私の耳を探していたらしい。回収を終えて、今度は私の正面に立った気配がする。私の耳の合ったところから濃厚な血の匂いがする。敏感な嗅覚には刺激が強すぎる。両頬側面には血の滝が流れ続けているが、切られた直後よりは幾分治まった感じではある。 「君の姿を見せてあげようかブッフフフ…」  声の主の気配が離れて行き、ガラガラとキャスターの付いた機材かなにかを押して移動させていると想像させる音がしばらく続いた。 「しばらく闇の中にいた君の目の為に、少しずつ光量を上げるとしようブッフフ」  その声の後、また暫し沈黙の中、自分の正面左斜め上部に、ボーと幽かに小さな光が見え始めた。照らす範囲を絞っているのか、周りの様子が見えてくる事なく、光は徐々にゆっくり大きくなっていく。光源からの熱が顔に届いて暖かくなってきた気がする。皮膚感覚も敏感になっているのだろう。    やがて、真正面2メートル先ぐらいに、ぼんやりと白いなにかが浮かび上がってきた。しばらくしてそれは私の顔になった。 「ね、面白いでしょブフッ…」  鏡だろうと思うものに映っている私の顔。顔だけに光が当たり、顔だけが映り込んで闇に浮かんでいる。久しぶりに見た自分の顔。両耳が無い。耳の在った位置から下は赤黒く塗られている。血の滝の流れた跡。そのせいか輪郭がほっそりとして見える。それにしても耳が無いだけで人の顔はこんなにも違和感が出るのか。 「なんだ、もっと驚いて泣き叫んでくれるかと思ったのにブフー」  それは自分でも思っている。耳が無くなった事より、冷静にそれを観察している自分に少し驚きと戸惑いを感じている。実はもう心は壊れているのかも知れない。 「いったいなに…?なぜ?」  久しぶりに声を出した。さすがに少し掠れている。自分の声じゃない感じがする。  「なんだ、喋れるんだ。耳を切り落としても叫び声一つ上げないので、声帯でも死んでるのかと思ってたブッフフ」  声は前方の光源付近から聞こえる。光源はスタンド式のスポットライトみたいなものだろう。ライトの照射が私の顔から外れ横を向いた。そして照射範囲が広くなっていき、光量も強くなり始めた。照らされた周辺の詳細が段々と明らかになってくる。  やはり洞窟の様な所だった。ゆっくりと私に光が当たらない様にライトを回してゆく。ゴツゴツの岩の壁、積まれた木箱やワイン樽にはフランス語や英語のスタンプが押してある。根菜が山とつまれた箱などもあり、天井からはハムの様な肉の塊がいくつもぶら下がっている。大きな丸いチーズを置いた棚もあった。 「君にも与えているものだよ。すべてオーガニックなものだブフフ」  食事は定期的に与えられていた。暗闇の中で口に放り込まれる肉や野菜は、本当に素晴らしいものだった。時折ワインなども流し込まれたが、それらもまた一流のものだった。  ライトを動かしている声の主のシルエットが僅かに見えるが、ロングコートの様なものを着ているのか男女の区別はつかない。 「君の反応が薄いからつまらない。感嘆の声でも上げてくれないかなブフフ」  そういうと、ライトが徐々に私の方に向き始め、やがて私の全身が私の正面の大きな鏡に映し出された。  私の、足が無かった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加