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Organic
足どころか、腕も無かった。
そして、腕どころか、体も無かった。
私の首から下は、首の太さの口径の、アクリル製か何かの透明なパイプだった。
長さ1.5メートルぐらいのパイプが、上に私の首を載せて、まっすぐ地面に突き立っている。そして、透明のパイプの中は、色とりどり、太さまちまちのチューブ類がぎっしり詰まっている。チューブ達は地面の中へと続いている様だ。
鏡の中の、マイクかマッチ棒かといった私の姿の隣に声の主が立っていた。顔は、軍事用の暗視スコープとマスクに隠され、やはり男女の区別もつかないその人物は、耳を押さえていた。
「そんな大きな叫び声がでるんだ。ブッブッフフフフフフ♪」
無意識に叫んでいたらしい。
「なに!これは!」
「見たまんまだよ。ブフッ」
「こんなの現代医学、医療であり得えないでしょうよ!」
なんだか初めて声の主と会話らしいやり取りをした気がする。
「現代医学、医療ならばあり得ないだろうねブフフ」
「じゃあ何?近未来医学とでも!?」
「ブッフフフフフ!君はロマンチストだねえブッフフ」
太めのチューブにゴポゴポと泡が上がった。
「まあ、『真・現代医学』とでも言っておこうかブフッ」
「真…?」
「君の言う現代医学、医療、実は四半世紀前のものだよブッフフ」
何を言っているのか解らない。先端医学、医療についてそれこそ、最前線で触れていた医者の私が知らないこんなファンタジックなもの、絶対にあり得ない。
「インフルエンザなど何処吹く風、末期のすい臓がんなんて屁でもないし、特定疾患もすべて治療法が確立している。推定ではあるけど300歳まで生存できる術を既に手に入れているブフー」
パイプの上の顔は、血の気が引いて真っ白になっている。出血のせいというより精神的ショックによる影響の方が大きい。
「でも、解るよね?そんな医療を世に放つとどうなってしまうのかブフ」
解る。皆、生を求め、死が遠ざかり、人間という種が宇宙船地球号に過積載となり…決してユートピアは訪れないだろう事が。
「だから『真』は、表には出さないし、『特定の人々』にしか使われない。あ、因みに時間は掛かるけど、そんな状態の君を元の体に戻すこともできるよ。再生医療もとっくに行き着いているからねブフッブフフフフフ」
思考が痙攣している私はもう、ファンタジーに乗っかる事しかできない。
「だったら、元にもどしてくれないかな!」
「残念ながら、君は『特定の人』には入っていないのだよブッフ」
表に出せない事を私にベラベラ喋っている時点で、そういう回答がくるという察しは、痙攣した思考でも付いていた。
…あれ?
いや、でも待て、耳を切り落とされる直前に確か足先に虫が這っていた…ひょっとしてこれはフェイクか?そういうマジックを見た記憶もある!ひょっとしてドッキリかなにかかもっ…!?
「残念ながら、それは『Phantom limb(幻肢)』だねブッフフ」
また私の心を読むように回答した。
――無くなった手足が、まるであるように錯覚する感覚。時には痛みや痒みも感じることがあるという――
さっきの足を這う虫も、足そのものも全部、幻(ファントム)だったというのか…
「君の場合は、幻肢どころの話ではないけどねブッフフフフフフー」
確かにそうだ。今この姿を見るまでは、私は拘束されている状態ではあるけど五体満足だと思っていた。すべてが揃っている感覚が確かにあった。それがまさか頭しか無いとは…
「痛み無く、本人に気付かせる事もなく、その姿にできるのもまた、真・現代医療だよ。因みに、一度でその姿になった訳ではないよ。必要になった時、その度に、徐々にそうなったのだよ。ブーフフフ」
そうか、起こしたときに言っていた『今日はいつもと違う』というのは、今日は痛みを伴った切断をするという事だったのか。ん…?必要になった時ってなに?いや、そもそもなんで私はこんな目に遭っている?
「君がオーガニックだからだよ。ブフッ」
私が…オーガニック…だから…?
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