バチーン

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バチーン

上田晴香はビンタした。 昼休みの教室に響いた音は、和やかな雰囲気の中にあった生徒たちに緊張感と好奇心を生ませる。 赤く腫れた頬に手をあてた男子生徒は、教室を走って出ていく晴香の背中を、バツの悪そうな顔で見送った。 階段をおりて昇降口についた晴香は、近くにあったベンチに座っていた。 口をギュッとかたく結び、上履きのつま先の辺りをじっと見つめる彼女の眼は涙であふれ、時おり鼻をすすっている。その掌は制服のスカートを強く握りしめていた。 やや遅れて、息を切らせた井村友梨が、晴香のもとへ走ってやってきた。その手には赤い袋と、紺色の手提げが見える。 「ねぇ晴香、大丈夫?」 「マジ、あり得ない……なんで男って、胸しかみてないの」 「普通、教室では言わないよね『これであのオッパイは俺のもんだ』なんてさ、ホント馬鹿丸出しって感じ。別れて正解よあんなヤツ」 「そんな人じゃ、ないって、信じたかったのに」 友梨はベンチの隅っこに手荷物を置いて、晴香の隣へ腰かけた。しゃくりあげる晴香の頭を優しい手つきでゆっくり撫でる。 「男の人が、みんなそうじゃないって思いたいけど……本当に怖くて。道を歩いてるだけで後ろからヒソヒソ聞こえてくるし、電車に乗ると明らかに腕を押し付けてくる人とかいるし」 「えっ、ウソ信じらんない。また痴漢されたの!?」 「ち、直接触られたわけじゃなかったし……それに鞄で隠したら離れていったから気のせいかなって」 むむむ自慢か自慢なのかコノコノ、と言う友梨が晴香の脇腹をくすぐった。 涙の跡は残っているが、晴香の顔に笑顔が戻る。 「とりあえず昼休み終わっちゃうし、ご飯食べようよ」 「持ってきてくれたの!?」 友梨から赤い袋を受けとり礼を言った春香は、それを膝の上に乗せ、中から取り出した弁当箱の蓋を開けた。
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