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酒のせいなら仕方ないよね
晴香は耳を疑わずにはいられなかった。
笑い声とともに酒くさい口臭が漂ってきて、思わず春香は顔をしかめた。彼女の隣には、すっかり出来上がった様子の真吾が座っている。
「悪い話じゃないと思うんだがねぇ……上からは、連れていきたいヤツがいたら二、三人引き抜いていいと言われてるし。君も一緒に本社勤務に行こうじゃないか。ん?」
この話は君のためでもあるんだよ、と言う真吾はニタリと笑い、なみなみとグラスに入っていた赤ワインを一口に飲み干す。
困惑した晴香は、自分のぶんの生ビールを口にしようとしてジョッキに手を伸ばす。
真吾の手が、晴香の太ももの上に置かれた。
鳥肌がたち、血の気もひいて笑顔が引きつっていた晴香は『やっぱり心配だから出席するわよ!』と言って、今日の送別会へ共に来ていた親友の姿を探す。
遠くの方で、後輩たちと笑顔で話す友梨がいた。
「おーい! ワインのおかわりがまだ来ないぞ、店員は何をチンタラやってんだっ」
真吾の罵声を耳元で聞いて、晴香は自分の酒に目を落とす。瞬きを二度、三度。
「……部長。私、決めました」
「んお? おおーっ! そうか、ついてくるか! よしよし、これでお前は安泰だぞ。なんせ俺がついてるからな。ガハハハ!」
晴香の太ももを触っていた手が離れていくが、今度はがっしりと肩をつかむ。
無表情のままビールを飲み干して、晴香は静かにジョッキをテーブルに置いた。
「ちょっと、酔ってしまったかもしれません」
彼女の一言は宴会の騒がしさに紛れてしまい、隣にいた真吾ですら聞き取れなかった。肩に回されていた手を払いのけ、腕を上げて腰をひねり、視線は真っすぐに慎吾の顔面を捉えている。
上田晴香の腕が唸った。
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