7月の出会い

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 ホテルから高校に電話をかけてからチェックアウトする。事務所の扉をノックすると高橋先生が出て来た。  「何度もすいません」  「いいんですよ。祇園さんのことでまだ、訊きたいことがあるんですよね」  老齢の先生はそう言って笑った。  「クラスの浅子は楽しそうでしたか?」  「ええ、とても。クラスのみんなと分け隔てなく仲良くしていました」  それは私の高校に転校してきた浅子と同じ姿だったんだろう。嘘の城に住み、お姫様を演じていた。  「そうですか。ところで話が変わるんですけど、浅子の描いた絵、まだありますよね」  「え」  高橋先生は私の顔を見て俯いた。  「いえ、あの2枚だけだったと思います」  「ほんとですか?」  私が睨むと高橋先生は渋々と口を開いた。  「まだ、あります」  先生の後について歩き職員室を過ぎすぐ隣の会議室と書かれた教室に入る。机も椅子もなくがらんとしていた。  「ここです」  その部屋の1番後ろの壁に3枚の絵が飾られている。どれも海の絵だった。  左から青色の海、次にオレンジ色の海、最後に黒い海と並んでいる。  昨日見てもらってきた浅子の絵とは違っていた。背景画で海の美しさが際立っていた。  「これは昼の海、夕方の海、夜の海でいいのでしょうか」  「そうだと思います。どの海も素晴らしいです」  「昨日何故教えてくれなかったんですか?」  「それは」  高橋先生は俯く。  「こんな素晴らしい絵を誰にも渡したくなかったからです」  「そうなんですか?」  絵心がわからない私には海が描かれてるだけでそこまで素晴らしいものなのかわからない。  「田中君はどう思う?」  「素晴らしいと思うけど、構図は単純だね。あれなんだろ」  絵に近づいて田中君が指差す。そこにはちっちゃな何かが描かれていた。  「金魚?」  2匹の金魚が海の中で寄り添って泳いでいる。探すと全ての絵の中に2匹の金魚がいた。  「高橋先生、これ金魚ですよね」  「え、こんなのあったかしら」  老眼らしい高橋先生は近づいてじっと絵を見た。  「この絵のタイトルわかりますか?」  「タイトルまでは」  「裏に書いてあるかも」  田中君に言われて絵の裏を見る。  そこには『泣かない金魚』と右上がりの字で雑に書かれていた。間違いなく朝子の字だ。  「この絵はここに置いといて下さい。代わりに美術室のペルソナの絵をもらっていっていいですか?」  私の提案に高橋先生は頷いた。  「田中君、絵は二つとも宅急便で家に送るよ。高橋先生は何故こっちの絵を私達に見せたんだろ。浅子がクラスの人気者だったなら、あの海の絵を見せるべきだったのに」  そう言って校門をくぐる。  「あの先生にとってはこのペルソナの絵は誰かに引き取ってほしいぐらい醜いものだったのかもね」  「私にとってはどっちも浅子だと思うんだけど」  「そういうことを認めたくない大人もいるんだよ」  「2匹の金魚って浅子と八条口千広なのかな」  「そうだろうね」  私達はとぼとぼと歩きながら駅に向かった。少しだけ浜辺で遊びたい気持ちを抑えて次の目的地に向かう。
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