7月の出会い

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 校門を潜り、グラウンドを横目に進んでいく。運動部が各々の活動をしている。陽炎の中、汗を流している。私達には今はどうでもいいことにしか思えない。今はただ、浅子を目指すための手がかりが必要だ。  校舎に入ると、すぐ事務室があり窓口を開けて声をかける。メガネをかけた女性がすぐに対応してくれた。  「あの、お電話させていただいた九条と言います」  「聞いています。すぐに先生を呼んできますね」  待つこと5分で老齢の女性が現れた。  「九条さんですね。高橋と言います」  「高橋先生、忙しいところすいません」  私達は頭を下げる。  「いいんですよ。祇園さんのことですね。私も気になっていました」  高橋先生は微笑んで私を招き入れてくれた。  「浅子、祇園さんがここに転校してきたのはいつ頃でしたか?」  「7月の初めでしたね。私は担任をしていたんですが、転校初日の自己紹介はにこやかで教室中から喝采を浴びていましたね。クラス1の人気者になって誰からも仲良く出来る存在でしたよ」  そう聞いて安心する。私のクラスでも人気者だった。ここでも人気だったと思ってその瞬間、疑問が浮かんだ。  「じゃあ、なんで気になったんですか?クラスの人気者なら気になることないですよね?」  「そうですね」  高橋先生は老齢の落ち着きで私達を一つの教室に招き入れる。  そこは油のようなにおいが漂ってくる場所だった。石膏像が並べられ、一つのキャンバスが教室にぽつんと寂しげに置かれている。  美術室に招き入れられた私達はそのキャンバスにの前に立つ。  「これが祇園浅子さんの作品です。どう思いますか?」  見せられた油絵に息を飲む。左側が白、右側が黒のヒビの入った仮面を被った少女が涙を流している。背景はドス黒いまでの漆黒に塗られている。  「これ、浅子が描いたんですか」  「そうです。この高校には美術部がないんですけど、祇園さんは美術室を放課後使いたいと言われて許可を出しました。それでこの絵を残したんです」  神妙な表情で高橋先生は頷いた。  「ペルソナだ」  今まで黙っていた田中君が声をあげる。高橋先生は振り向いて後ろに控えていた田中君を見た。  「よくわかりましたね。祇園さんはこの絵のタイトルを『ペルソナ』と言ってました」  ここでさえ仮面を被り浅子は過ごしてきた。控えめでお嬢様を演じていたんだろう。でも、心は泣いていた。  「十條楓という名前をご存知ないですか」  「十條先生のこと?知ってますよ。祇園さんにも同じ質問をされました。私と同じ美術教師でしたけど、6月に赴任されて1ヶ月も経たないうちに別の高校に転任されたと伝えました」  「そうですか」  十條先生を追って浅子はこの高校に来たということを私は確認出来た。  「十條先生がどこに転任されたか浅子に話ましたか?」  「ええ、本当は教えられないんですけど、京都の高校に転任されたと伝えました」  「ありがとうございます」  浅子は十條先生を追ってこの高校に来た。京都の私の高校にすぐにでも行けばよかったのになぜ行かなかったのか。  「浅子はずっと絵を描いていたんですか?」  「ええ、放課後はずっと絵を描いていましたね。でも、これ一枚に1ヶ月近く費やすとは思えないんですよね」  「そうですか。隣は美術準備室ですよね。見せてもらっていいですか?」  「いいですけど」  私の強い言葉に高橋先生は怯む姿を見せても進まなくてはならない。  「ここに絵は置いてないんですか?」  「ええ、無いと思います」  私は手当たり次第に置かれてるロッカーを開いて中を覗き込んだ。そこにぽつんと小さなキャンバスが横たわっていた。  そこには白黒のヒビ割れた仮面を被ってはいるが血の涙を流し2本の腕で自分の首を絞め、もう2本の腕で誰かを締め上げている絵があった。  「ひっ」  それを覗き込んだ高橋先生は声をあげて床に座り込んだ。  「この絵もらっていいですか?」  「ええ、ええ」  座り込んだまま先生は頷いた。  「浅子が転校する前の高校を教えてください」  私は浅子の小さな絵を小脇に抱えながら言い放った。  「次は淡路島かあ」  校門を出て眩しい太陽を避けるように手をかざす。影が私の顔に降りかかる。  「九条さん、これからどうする?ホテルはとってあるけどまだ、時間あるよ」  「田中君はこの絵を見てなんとも思わないの?」  「思ってるよ。九条さんが心配でならない。出来ることならそんな絵は捨ててしまいたいよ」  田中君は少し俯いて呟いた。  「この絵をホテルに置いて浜辺で遊ぼうか」  私の提案に田中君は頷く。  「いいと思うよ」  私達は刹那の夏休みを満喫した。
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