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ホテルに戻って絵を眺める。田中君は窓際にある椅子に座って外を眺めている。窓を開ければベランダがあってすぐに海がある。波音まで聞こえてくる。
ヒビ割れた仮面をかぶって血の涙を流す浅子が十條先生の首を絞めている。そういう風に見えるこの絵を見ても私は不思議と冷静だ。むしろこの絵が愛おしい。私は馬鹿になってしまったのだろうか。
「田中君、この絵を見てどう思う?」
「どうとも言えないよ」
「うまい?」
そう訊くと田中君は頷いた。
「うまいとは思うよ。でも、それ以上のものがあるよ」
田中君はこの絵をじっと見る。
「魂がこもっているって感じがする。祇園さんがそこにいる気がする。九条さん、本当に祇園さんに会いに行くつもり?」
田中君は椅子に座ってうなだれた。
「行かない方がいい?」
「できれば」
「じゃあ、田中君は帰っていいよ」
「そんなことできるわけないよ」
立ち上がった田中君が私の両肩を掴む。
「じゃあ、ついてきてくれる?」
「ついていくよ」
田中君は肩から両手を離して椅子に座る。
「そういえば、ここって二人部屋だよね。別々の部屋にしなかったの?」
「シングルの部屋は埋まってて」
「でも、だいぶ前に予約入れたって言ってなかった?」
私の問いに田中君は黙る。
「ねえ」
「ほんとは九条さんと同じ部屋に泊まりたくて予約した。ごめん」
頭を下げる田中君に私は笑った。
「全然いいよ。でも、私が寝てる時に何かしようとしたら田中君を殴ってしまうかも。私、寝相悪いから」
「そこまでの勇気はないよ」
田中君も笑う。
「ちょっと考えたんだけど、明日また高校に行かない?」
「どうして?」
「まだ、浅子の描いた絵が残ってるかも」
1ヶ月の間、絵が2枚だけっていうのもおかしい。もしかしたら、まだあるのかと思った。
「私、もう寝るね。田中君はどうする?」
「少し調べ物してから寝るよ」
「淡路島のこと?」
「そうだね。行く高校とか、泊まれるところを探さないと」
「ごめん。私も力になれればいいんだけど、今はすごく眠たいの」
何故かすごく疲れてしまっていた。砂浜で遊んだからかもしれない。
「田中君」
「ん?」
「私、熟睡すると思うから、何かしても起きないかも」
「え」
目を閉じて暗闇に気持ちを任せる。落ちる瞬間、浅子の絵が浮かんで消えた。
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