嘘の城

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色あせた畳にあがって浅子の横に座った。 壁の側に色が違う畳があって、ふと視線を送ると「タンスがあったんでしょ」と浅子は素っ気なく言った。 長方形に色が違う畳はそこに置かれていたタンスがこの西陽から守っていたことに気づいて、なんだか不思議な気持ちになった。 「浅子、体の調子どう?」 「だいぶ良くなった。千紘、急に馴れ馴れしくなったね」 「親友になったから」 そう言った私を見る浅子の表情は喜んでいるのか悲しんでいるのかわからないくて「いやなら」と言った途端、「へへへ」と女子高校生らしからぬ笑い方をされて、戸惑ってしまった。 「親友を下の名前を呼ぶのは平気だけど、自分が呼ばれると気恥ずかしい。あの時以来」 「あの時?」 「なんでもないの」 そう言って浅子は私の言葉を遮った。親友になったけど、まだここは入り口なんだと思った。 「ここってどう思う?」 そう訊かれてこの小さな空間を見渡す。家具が一つもなく、荷物も少なくて、コンビニの弁当のなきがらが入っているゴミ袋がやたら目立っていた。ハンガーにかけられた学校の制服と浅子が今着ている服以外に普段着らしきものは目に付かなかった。それでもさすがに下着はどこかにあるだろう。 「なんか、スッキリしてる」 「何もないでしょ。前の住人が置いていった冷蔵庫はあるけど、入っているのはアイスクリームぐらい」 白かっただろう壁は黄色くなっていて、台所のシンクには調理道具が見当たらない。 「壁は色んな住人がタバコを吸ったりとかしてそんな色になったんだと思う。ここは誰かが暮らして去っていった場所、そして」 浅子は私を見てちょっとだけ悲しそうな表情をした。 「そして、今は私の『嘘の城』なんだ」 少しばかりの沈黙の後、浅子が続けた。 「お嬢様で家が厳しくて門限があって、そんな色んな嘘をついた現実がこの世界なの。がっかりしたでしょ」 「関係ないよ」 そう言う私を見た浅子は俯いて考え込むようで、私はその綺麗な横顔をじっと見ていた。 ここがどんな場所だろうと浅子だけは明白だった。 「家庭の事情で両親も遠くで働いてるから風邪で休む時に高橋先生にここの住所をクラスの誰にも教えないようににうまく言ったつもりだったのに」 「高橋先生に『親友です』って言ったらすぐ教えてくれたよ」 そう私が言うと浅子は頭を抱えて「だから、体育教師は」と呟いた。前の高校で体育教師に同じようなことされたのかもしれない。 「そうだ、なんか食べる?」 私はカバンから電子レンジで温めるだけで出来るお粥と桃の缶詰を出した。 「電子レンジある?」と見渡すと温めしか出来ない電子レンジが隅に置いてあった。 「コンビニのお弁当温めるのに必要で」 浅子はそう言って私はコンビニ弁当の空き箱だけが詰まっているゴミ袋を見た。 育ちざかりの食事じゃないと思った。 かと言って私も料理なんて出来ないのでひたすら温めて数少ない食器から選んだ器に流し込むように盛る。 「最近のレトルトっておいしいね。さじ加減を間違えない機械が作ったよう」 スプーンで上品に食べる浅子の感想は独特で私には理解できなかった。 桃の缶詰を開けると、「桃なんだ」と浅子は喜んだ。 「鹿児島の私の家では、夏に風邪をひくとみかんの缶詰、冬だと焼きみかんなんだよね。桃かあ」 そう言って一口ほおばった浅子は「甘いね」と当たり前の感想を述べた。 「焼きみかんって?」 そう訊く私に「知らないの?」という表情を浮かべた浅子は唸って「ストーブとかでみかんを焼くのそうするとすごく甘くなるの」と説明されても私にはよくわからない。 「夏は冷凍みかんじゃないの?」 そう訊くと「私の所ではそんなにメジャーじゃないかも」と言われた。 「みかんの缶詰も風邪をひいた時、おばあちゃんが買ってきて食べたの」 そう言って昔を懐かしむおばあちゃんのように浅子は遠くを見た。 「そうだ、アイス食べる?冷蔵庫にあるよ」 浅子の言われれまま冷蔵庫を開けるとそこは伽藍堂だった。 「何もないけど」 そう言うと布団から這い出した浅子が冷蔵庫の前で「あれれ」と呟いた。 「食べちゃってたか」 「買ってくるよ、近くにコンビニあったから」 そう言って飛び出そうとする私に「そのコンビニは」と押しとどめようとする浅子を振り切って貧弱なドアを開けた。
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