最後の親友

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「四条さんは来た?」 「私より先に来てた」 秋雨前線が停滞して朝から雨が降っていたのに昼時になると空気を読んだかのように止んで、それでも屋上のベンチはまだ濡れていたから、他の場所で食べるしかないと浅子を待っていると雑巾を持って現れた。 「濡れてるねー、2枚で足りるかなあ」 そう言って、1枚目の雑巾でベンチを拭くと水を吸って色が濃くなった。それを絞ると滝のように雨水が落ちた。2枚目で拭くと晴れの日と変わらないベンチになった。 「四条さん、一人で来たんだ。てっきり佐藤さんと来るものだと思ってた」 浅子は珍しくカレーではなく唐揚げ定食を食べていた。 「今日はカレーじゃないんだ」 「カレー味の唐揚げだよ。学食の新メニュー」 浅子は膝にトレイを乗せ、絶妙なバランスで味噌汁をこぼさないようにしていた。 「浅子ってなんでカレーばっかり食べてるの?」 呆れて私が尋ねると浅子は「体にいいから」と答えた。 「カレーってそんなに体にいいかなあ」 「インドでは病院食にもカレーが出るんだよ。だから、体にいいはず」 そう言って味噌汁をすすった。 「それは嘘でしょ」 浅子は眉唾な情報に踊らされてると思った。 「それで、四条さんから話聞けた?」 「とりあえず、浅子の城については誰にも言ってないって」 「私もクラスや四条さんの様子見てたけど、誰かに漏らしてはいないみたいね。知られた所でどうしようもないし、気にしても仕方ないでしょうね」 浅子はそう言って雨で濡れた向日葵を見た。枯れた向日葵の茎に雨粒が必死に張り付いていた。 「他には時計の話が出たかな」 「時計?」 「時計って腕時計なんだけど、四条さんが浅子をつけてる時書店で男物の腕時計の雑誌を見てたって」 「四条さん、私のことつけてたんだ」 今の空のように表情を曇らせてあからさまに浅子はため息をついた。 「四条さん、ひどい」 それはあまりにも芝居がかっていて私は笑ってしまった。 「まあ、多分そうだと思っていたけどね」 「それで四条さんが十條先生にプレゼントするために腕時計を探してるんじゃないかって」 「まさかあ」 そう言って浅子は笑った。それは何かをはぐらかすような笑い方だった。 「浅子が美術室で十條先生に腕時計のこと訊いてたって」 「四条さんの聞き間違えじゃないの」 鋭い声色で浅子は私の言葉を遮った。それはカミソリのような切れ味でしばらく口が開いたままだった。 「あんな男にプレゼントなんかするわけないじゃない!」 浅子は立ち上がって、膝に乗っているトレイが落ちた。飲みかけの味噌汁がこぼれて、食べかけのご飯と残りの唐揚げが屋上の水たまりに無様に散乱した。 浅子はそれに構うことなく屋上から出て行った。 私は四条さんの前で泣いてしまった事を告白しようと思っていたが、出来なくなった。 浅子が出て行った後すポツポツと雨が降り始め、すぐに土砂降りになった。 秋雨前線が私に何かを教えようとしているようだった。
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