最後の親友

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土日で浅子と会えないまま月曜日を迎えても浅子は学校に来なかった。担任の高橋先生は「祇園は具合が悪くて休みだ」と歯切れなく言った。教室はざわめいて隣の席の山下が「九条、友達だろ。なんか知らないのか?」と訊いてきて、山下まで屋上で浅子と私が昼食を食べていることを知っているんだと思ってこのクラス中が私と浅子の関係を知りながらしらばっくれている巨大なひと塊りに見えて気持ちが悪くなった。私はそんな気持ちのまま4時限目までの授業を終え昼食のため一人屋上に向かった。 久しぶりの一人の昼食は味気なくて浅子が座っていた隣のベンチを撫でながら、夏休み前に引っ越した親友の六波羅朝子が座れなくなった空席を今のように見ていたことを思い出していた。 浅子のいない屋上から見える空はみるみる黒い雲に覆われていって私が屋内に入ってすぐ、滝のような雨が落ちてきて向日葵を叩いて茎が折れそうになっていた。 私は屋上から降りる階段の一番上に座り、お弁当を開けた。 浅子が食べていたカレー風味の唐揚げを私も家で作ってきたのにそれをお披露目する相手は今日はいない。 屋上からの雨音は大きくなり雷まで鳴り出した。 稲光に怯えながらお弁当を食べていると階段の一番下に誰かがいた。 暗い廊下を稲妻が照らすと浅子が寂しそうに私の方を見ていてそれはまるで柳の下に出る幽霊のようだった。誰かを怖がらせる幽霊じゃなく、何かを訴えかけるような儚い幽霊に見えた。 私が階段を降りようとすると浅子はすぐに駆け出していって追いつけなかった。 6時限目が終わって帰ろうと支度をしている時に高橋先生の呼び止められた。 「祇園のことなんだが、休むという連絡もなくてこっちからかけても出ないんだ。九条、何か知ってないか」 「わかりません」 「そうか、すまないな」 浅子が十條先生に怒ったことや昼にその姿を見たことは言わなかった。 私は浅子の城まで行ってみることにした。ガタンゴトンと高架を走る電車の音を聴いて歩いて2、3分の嘘の城にたどり着く。上がる錆びた鉄製の階段もカンカンと音を立てた。 呼び鈴を押しても音が鳴らないことがわかっていたから、コンコンとドアをノックして返事がないからドアノブをひねった。 カチャリと音がしてドアが開いた。 でも、そこは音のない世界だった。 浅子が寝ていた位置にあった筈の布団がなく、ハンガーにかけられていた制服もなく、わずかな食器も台所には無かった。シンクにあった三角の生ゴミ入れも無く、備え付けの冷蔵庫からも音がしない。 押入れのを開けるとそこも空だった。もしかしたら押入れは元から空だったのかもしれない。 あったのは少し古びた雑誌だけだった。 部屋の真ん中にわかりやすいように置かれていて、手に取ると紙の音が微かにして少し安心した。 それ以外は何も無かった。浅子がいたと思われる微かな形跡は一冊の腕時計を紹介してる雑誌だけだった。 浅子というお姫様がいなくなった嘘の城はただの廃屋になっていた。 駅に向かって歩いていると高架を走る電車の音が近づいて来て、私は音のある世界に戻れたことに安堵した。
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