最後の親友

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「誠に残念な事ですが、十條先生が昨夜、雑居ビルから転落されて亡くなられました。美術教師として生徒の信頼も厚く良き指導者でありましたのにこのような不幸に襲われました事に、教師一同はこの事実をどうお伝えするべきか迷っていましたが、そのままを生徒一同にお伝えするしかないと思いました」 壇上でうなだれる校長の姿はドラマで観た1シーンのようだった。全てが芝居がかっているように見えた。 それでも私にとっては初めての死の報告であって、会ったことがほとんどない先生だったとしても周りで泣き出す女生徒を見ると私も泣かなければいけないのかと思った。 誰かの死に対して泣くことは礼儀なのかと思った時、浅子の姿が目に入った。 浅子は訓練された軍人のように不動のまま立ち、前だけを見ていた。すすり泣く声が聞こえる中、直立不動だった。 だから、私もそのようにした。浅子と同じようにした。 教室に戻るとまだ午前中なのにお通夜のような光景があって、私の立ち位置はどこだろうと探りながら自分の席に向かった。 「警察の方からは事件性もあると言うことで、葬儀は週末以降になるそうだ。前日にお通夜もやる事になるので、わかり次第日時を伝えるようにするので、出来るだけ出席して欲しい。あくまでこれは先生からのお願いだ。無理強いはしない」 すすり泣く声がやまない教室で高橋先生が壇上から諭すように伝えると嗚咽を漏らしてる斎藤さんの声が大きくなって四条さんがそれを必死になだめるが、どうにもならなかった。 いつもの騒ぎなら高橋先生も教壇を出席簿で叩いて大声を張り上げればいいんだけど、今回はそれも出来ない。 ガサツで有名な体育教師だけど、こう言う時にやってはいけない事をわかってる。こういうのが大人なんだろうと私は思って、じゃあ、自分はどんな態度を取ればいいのだろうかと浅子を見た。 浅子は私の視線に気づいて、笑った。 作ったようないびつな表情で、すぐに何もなかったように前を向いた。 大人になっていない私達はこういう時でも笑っていいのかと困惑した。 少し考えて浅子は私だけに伝えたいものがあるんじゃないかとも思えてきた。 高橋先生は壇上から「自習にする」と教室を飛び出して15分後に教室に戻ってきて、その後の授業が休止になった事を伝えて、帰宅する事を促し、生徒はうなだれながら教室から出て行った。 私は浅子に声をかけようとしたが、早足で教室から出て行って見失ってしまった。全校生徒の授業が全て休止になることなんてあるのかと昇降口でもみ合う人の渦を見て立ち止まり、思った。 すすり泣きが響く昇降口の人が捌けるまで壁に背を預けて待つことにした。死んだ人のことで全校生徒のどれだけが悲しんだのか。先生のことをよく知らない生徒は私のようにどこにすり寄ったらいいかわからない状態なのかもしれない。 だけど、ここから見えるほとんどの人は悲しんでいた。
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