その後

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 ところが、王子の迎えがなかなか来ない。2日経っても音沙汰無しである。呑気なリツとは対照的に段々と心配になってきた。  ただ、ルークはリツが気になるようで、距離を保ちながら遠巻きに追いかけつつ、常にリツの傍をキープしていた。面白いことに、リツから話しかける場合は完全無視なのだが、ルークから話しかける時のみリツの発言が許されていた。 この現象は俺が来た時に似ている。滅多に他人を自分のスペースへ入れないルークにとって、進歩であり驚くべきことだった。 もしかしたら、リツはルークにとって特別な存在に成りうるのかもしれない。淡い期待をキノへ伝えたところ、彼は苦笑するのみだった。 「リツ、リツ、何してるんだ」 「見れば分かるだろ。本を読んでいるんだ」 リツは山ほどある専門書を片っ端から読み漁っていた。普段は医学書を触らせてすら貰えないらしい。  ずいずいと近づいたルークは、近距離で本を覗き込む。 「おいら、この草知ってるぞ」 「ああ。母様の身体によく効く薬草だ」 「キノとよくとりにいくんだ。これを干して、ごりごりすると、にがーいってなる」 苦い表情を顔全体で表現するルークに、リツはころころと笑い、彼の小さな鼻を摘んだ。 「ぶえっ」 「実際に生えている山へ行ってみたい。欲を言えば、リズ爺のところにも行きたい。あやかしの森にも」 「おいらはよく行くぞっ」 「お前は自由でいいな。僕は自由がどんなものか言葉でしか知らないから」 王子ともなると、行動が制限されるのは運命というか宿命だと思うが、世間一般を知らなければ憂うしかないだろう。 外の世界を知りたい王子と、次期王として完璧に教育したい王族とのせめぎ合いは、暫く続くだろう。仲良く本を読む2人を見ながら思った。 昼過ぎ、一区切りついたところで、診察室へ軽食を持って行く。キノは合間にサンドイッチやスコーンを昼食替わりにつまむため、軽食作りは俺の仕事だ。 「ねえ、キノ。リツをいつまで預かるの?」 「さあ。大切な王子様だからそのうち迎えに来るだろう」 今日はスコーンに甘く煮たリンゴを入れてみた。サクサクと軽快な音を立てて、キノが美味しそうに食べる。 「美味い」 「本当に?嬉しい!!新作なんだ」 「そうか。眞人は天才だな」 「えへへ……」 ポットに入れたハーブティーをそれぞれのコップへ注ぐ。俺は、小さい椅子を持ってキノの隣へ座った。 「ルークとリツっていいコンビだと思わない?余計にリツには帰って欲しくないというか。ルークも悲しむと思うんだ」 「確かに、ルークにはいい友達だと思う。だが、取り巻く環境があまりにも違いすぎて、後から苦しくなるのは本人達だ。それをルークは理解が出来ないと思う」 「そっか。仲良くていいなぁって思ったんだけど。複雑な気持ちになるね」 俺はハーブティーを飲み干した。苺の甘い香りが舌に残る。 「ルークの心配だったのか。俺はてっきり」 「てっきり……」 「二人きりの夜の時間が無いから、リツに帰って欲しいのかと思っていたよ。眞人は客がいると変な気を遣ってやろうとしないからな。俺は気にしないが」 ニヤニヤとキノが俺を見た。 「なっ!!!そんなことない!!絶対にそんなことないもんっ!!」 ほんのちょっとだけ……ちょっとだけそう思うことはあったけど、断じて違う。 思い切りかぶりを振ると、キノは笑いながら俺の肩を抱いた。
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