序章

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序章

生きていく上で必要なことは、忍耐と自分を押し殺すこと。俺はそう学んだ。 信用出来る大人も、友達もいない世の中で、必要とされることは全く無い。生きる意味を考えた時点で終わりなのだ。毎日冷たい椅子に座り、時が経つのを待つ。味のしない弁当と、くだらない会話は未だに慣れない。 あと少ししたら、自らの人生を終わりにするつもりだった。十八歳の誕生日前日にひっそりと死ぬ予定で、終焉のカウントダウンを始めていた。 誕生日の二日前、つまり死ぬ予定にしていた前日にバイトを辞めた。給料は世話になった施設へ書留で送る。 投函後は、とぼとぼと川沿いの夜道を歩いた。最後の夜はとても静かで優しい。怒鳴り声や気の遠くなる孤独はここに存在しない。 もう終わると思うと、全て寛容な気持ちになれた。 川を越えて、バイパスへ出た。今からファミレスへ行って食べたいものを片っ端から注文しようと思い立つ。最後にやってみたかったことだ。 俺は明日、空気になって消える。 最初からいない存在になるのだ。 「ご注文はチーズハンバーグセットとラザニアとチョコバナナパフェでいいですか?」 「はい」 明るい店員へ最後の晩餐を注文する。 食事が運ばれてくるまで、遺書をどうするべきか考えた。遺体を発見した人のために、俺という人間を説明した方が親切だろうか。名前や住所は財布にある原付バイクの免許証で判明するだろう。特に何かを伝えたい人もいないから、用意する必要は無いと結論づけた。 視線を宙へ泳がせていると、耳に不快な音が入ってきた。向かいの席で、オッサンが息子と見られる幼児を罵倒している。幼稚園にも満たないその子は目に涙をいっぱい溜めて、泣き出しもせず、ただただ耐えていた。 涙を流して声を上げたら、更に酷い目に合うことをこの子は知っているのだ。だから、沈黙するしかできない。 (昔の俺に似ている……) そう思ったらいても立ってもいられなくなった。どうせ明日で終わる命だ。絶望しかない世界から小さな命を解放してあげたい。
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