路線達の物語─厄介と思い出

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奇跡も魔法もあるこの世界。 そんな世界なら、当然悪戯をするやつも出てくる。 天現寺、千代田、高崎、根岸は普段の様子からしてまず有り得ない。砧、総武姉妹、南武、青梅、池上なども違うだろう。 「玉川さん⋯⋯それとも世田谷?」 私にこんな悪戯をするだなんて、そこくらいしかいないだろう。 「姉さーん、起きてるー?」 ノックの音とともに、妹の声が聞こえてくる。 「入るよ」 「待て開けるな入るな待って!」 まだ心の準備が出来ていない。しかし、どう準備しろと。 「どうしたのー?」 とりあえず落ち着いて、深呼吸。落ち着くんだ。 高尾なら大丈夫。高尾なら受け入れてくれる。大丈夫、きっと。 「絶対、笑わないで」 「うんー、多分?」 「あと、こうなったのは私のせいじゃない」 「うんー、そうなんだね」 「⋯⋯開けていい」 「うんー、わかった」 ドアは躊躇いなく開けられる。 「⋯⋯」 「⋯⋯」 今の私は、高尾を見上げている。 高尾は動かない。さすが高尾、これしきのことで動じは 「ふぉっふ」 「高尾!?」 血を吹いて倒れた。 「うん。玉川さんちの誰かしらの悪戯なんだね」 「恐らく⋯⋯断定はできないが」 「解き方わからないんだね」 「⋯⋯全く」 解かせまいという悪しき執念なのか、複雑で手も足も出ない。 「うん。じゃあ、とりあえず洋服どうしようか」 私は今、普段着ているケープにくるまっている状態だ。どうせなら洋服も、⋯⋯せめて下着だけでも、一緒に小さくしてくれればよかったのに。 「⋯⋯相当昔の服がある」 収納棚の奥の方を探す。衣装ケースを取り出すと、目的のものはそこに入っていた。 「た、多分、状態的には平気だ⋯⋯」 「わあ。よく持ってたね」 「貰ったんだ」 着れなくなりはしたが、大切に保存していた。この世界には奇跡も魔法もあるので、可能なことである。 首まで詰まったインナーと、深い緑色のブラウスワンピース。 着てみると、本当にぴったりだ。 スカートの中がスースーするのはもう、仕方がない。 「シックな感じがするってだけで、違和感はないんじゃないかな」 「よし、これで大丈夫⋯⋯なわけないな」 「あの黒い上着貸してあげるよ」 「⋯⋯ありがとう」 高尾が死神感あるでしょーと言っていた上着だが、普通に着ればただの黒い羽織ものである。 だいぶ大きいおかげで、足元までの長さがあるものの、顔がフードに覆われている。 「とりあえず玉川さんちに問いつめに行こうか」 「そうだな」 玉川さん宅。 「はい、どうかしましたか」 出たのは天現寺。 「世田谷さんと玉川さんってどこいるかわかるー?」 「世田谷は東横のところです。姉さんはお散歩じゃないでしょうか⋯⋯ところで」 天現寺はチラチラと私を見る。興味津々なのはあまりにもわかりやすいことだ。 「そちらの子は、一体⋯⋯?」 「近所の子だよ。二人のどっちかに用があるみたいで」 「どちらか?」 「うん。髪色と目の色だけだとわからなくてねー。ふわふわっとしてたのはわかるから、多分どちらかだよ」 高尾は、即興で考えたのかわからない言葉をぽいぽいと吐き出す。 なるほど、そう言えば自然だ。 「帰ってきたら高尾さんのところに会いに行くように伝えましょうか?」 「うん。助かるよー」 天現寺にはバレなかった。 結構⋯⋯いけるのでは? と思っていた時期が私にもあった。 異常なほど私に対するセンサーの強い奴が数人いる。 そのうちの一人と、ばったり出会ってしまった。 「⋯⋯奇遇ね」 「⋯⋯」 「こんにちは」 何となく諦めたような、高尾の表情。 「めくりたい」 「めくるな!」 「めくらないで⋯⋯はっ、私じゃない」 高尾にも色々あるのか、条件反射が起こったらしい。 とりあえずこの性悪の目を欺くことはできなかった。どこで判断できたのか是非ともお聞きしたいところだ。 案の定、雰囲気と返ってきた。 「大変ねえ」 「うん。玉川さんち行ってみたけど、二人ともいなくてさー」 私が休みたいと言ったので、近くの喫茶店で休んでいるのだが、何の冗談か高尾が私を小田原の膝に乗せた。その方がそれらしく見えると言われたがなんだか腑に落ちない部分がある。遊ばれている。 パラソルがついたテラス席なので、通りの様子がよく見える。 「そうね、多分二人のどっちかでしょ」 「でしょ」 何となーく戻ったサイズ的に昔の昔な気がするので、どちらなのか予想はつく。 「⋯⋯問題があると思うのよ」 「問題?」 私も薄々気がついていた。むしろ私が一番よくわかる。 「こいつ、貧弱さも戻ってるわよ」 普段の体力があれば、大人しく膝に座ってなどやるものか。 「これくらいの子はあんまり体力ないんだなって思ってたけど、姉さんが特例だったんだね。確かに体調良くなさそうだなーって感じはした」 「まだマシな方よ。玉川さんに聞いた限りだと」 小田原と会った頃には、だいぶ良くなっていたと思う。 食事もなかなか入らず、そのせいで体力もつかず、よく玉川さんに看病されていた。 今思い出してみると、忙しかったろうに、迷惑をかけただろうな。 ぼんやりと、通りの方を見やる。 失敗した。不自然に目をそらそうとしてしまった。 「姉さん⋯⋯そんなゴキブリ見つけたような反応しないで⋯⋯」 「え?」 「⋯⋯だって」 「あ、世田谷さんこっちきた」 「あー⋯⋯」 高尾に目配せする。 さすがに、親友は騙せない。 もう片方にだけはバレてたまるか。万が一顔が見えると困るので、少し横を向いて小田原に隠れるようにする。 「高尾ちゃん、小田原さん、こんにちは!」 眩しい笑顔だが、片手が物騒だ。 無理やり引っ張られてきたのであろう、ヘロヘロだ。私の知ったことではないが。 「⋯⋯」 「世田谷、あんまり見ないであげて、人見知りだから」 「あっ、ごめんなさい!どうしたんですか、この子?」 すごく見られた。 「近所の子。ふわふわした草色の髪、黄色の目のお姉さんを探してるって言うから、世田谷さんか玉川さんかなーって思って探してたんだ」 「今は休憩中なのよ」 「そうなんですかー」 「あれ、この上着高尾の?」 なんでわかったんだ赤虫。 「そっかー、東横が家に覗きしに来るときにはよく着てるからねー」 「⋯⋯ほう?」 「いや小田原誤解だ話せばわかる」 あとで洗礼を受けるだろう、それで今までの分は許してやろう。いつ何回したのかは知らないが。 「人に見られるのが好きじゃないって言うからさ。貸してるの」 高尾はウィンクをする。それは、世田谷に対するサインのようなものだろう。 うんうんと頷いたので、ちゃんと伝わったのだろう。 「??」 東横は、まだ不思議そうにこちらを見つめている。 バレたら非常に嫌なので、小田原にしがみついておく。 「あらー怖いわねーこのお姉ちゃん」 「んなっ」 ぽんぽんと頭を撫でられ、恐らく完全に子供に見えていることだろう。 「うーん、多分、探しているのは玉姉様ですね」 「そう?この人じゃない?」 小田原が世田谷を示して聞くので、頷いておく。 「あ、そうだ、こっちの赤いのは危ないから近づいちゃダメよ?」 「小さい子に何吹き込んでんだ馬鹿か」 「怖いわねー」 「お前⋯⋯!」 大きく頷いておく。 「やけに小田原さんに懐いてますね」 「甘えっ子なのかなー」 「あらあらよしよーし」 何も言えないのをいいことに勝手なことを言われる。 「誘拐するなよ」 「玉川さんじゃあるまいし」 「違います玉姉様は幼女ならなんでもいい訳じゃないんです」 「いやそれでもあいつ⋯⋯」 そうか、今のは私から注意を逸らそうとし⋯⋯いや、自分で逸れていたな。やはり後で小田原を叩いておこう。 とりあえず、この場も乗り切れた。 「玉姉様のところに連れていきましょうか?」 「いいの?」 「はい。東横さんとの用事も終わりましたし」 「私は帰れってか」 「はい」 「冷たい!」 「そんなに高尾ちゃんと小田原さんと一緒がいいんですか」 「あっ無理超帰ります」 邪魔者はいなくなった。 さて、これで玉川さんのところに行けば⋯⋯、 「抱っこさせてください」 「はい」 「ひあっ!?」 さっきからひょいひょいと好き勝手持ち上げられてばかりいるような気がする。小さいのをいいことに。 「あっ軽い」 「栄養ないし」 「ある」 「よくお洋服見つけましたね」 「昔のだ」 「そんなに大切に保存して、思い入れでもあるの?」 「なくはない」 「なにそれ」 また私の意思に関わらず小田原に返される。 「玉姉様、朝飛び起きたと思ったら、大慌てで行き先を告げて走り出していきましたよ」 「大慌てで?」 「お顔が真っ青でしたので、何かやらかしたのかなーと思ってましたが」 「やらかしたわね」 「それで、どこに行くって?」 「京王さんちです」 ⋯⋯すれ違いか。 ぽん、と、高尾は玄関前でうろうろしていた人物の方に手を置く。 「あああ高尾ちゃん!ねえ京王ちゃん知らない!?」 「わあー」 すごい形相で高尾を揺さぶる。 「あれ、小田原ちゃんに世田がああああああああぁぁぁ!!」 小田原に抱きかかえられぐったりしている私を見た玉川さんが絶叫した。 よくよく考えてみれば、体力が落ちていたから私には解けなかったのだろうか。 「京王ちゃんごめんねえわざとじゃないのよお寝ぼけてうっかりしてたのよお!⋯⋯あらこのお洋服私があげたやつ?」 「⋯⋯」 これを貰ったのは、玉川さんと二人きりだった頃。それがぴったりだったということは、偶然でもない限り犯人が特定されるのである。 「ああ、ごめんなさいね、すぐ解くからね」 小田原は私を地面に下ろす。 「⋯⋯ん、これ複雑すぎ、解け」 「え?」 「い、いや、そうね、でも、そう、時間で解けるから!」 「玉姉様おうち帰ってお説教ですよ」 「せ、世田谷、わざとじゃ」 「言い訳ですか」 「ごめんなさい」 小さくなった玉川さんを引っ張って、世田谷は行ってしまう。 「⋯⋯時間って言ってたけど、いつなのかしら」 「あー、言われなかったね⋯⋯とりあえず姉さん持ってあげて」 頭から血の気が引いていくような気がして、小田原の足にしがみつく。 「はいはい」 慣れたように抱き上げられる。 「お家で休んでよっかー」 それがいい。 そうしてくれないと、もう身体が持たないような気がする。 部屋にこもり、椅子に座っている。 高尾の、「服のサイズ変わらなかったから脱いでおいた方がいいんじゃない」という言葉にハッとして、すなわち今の私はうんぬん。 それでも何かないと落ち着かなかったので、布団にくるまっている。 何だか戻りそうな気配がしてきたのだがなかなか何も起こらない。 とりあえず、私に下着をつけさせて。 すぐにでも着れるように、そばに置いてある。 (⋯⋯そろそろか) 布団から出て、立ち上がる。 「京王、様子ど」 「いやああああああああああぁぁぁっ!」 下着の留め具を持っていたが、咄嗟に近くのものを掴んで投げた。 ペチンと、ノートが小田原の顔に直撃する。 「ごめんなさい!」 落下したノートをキャッチしつつ部屋を出る小田原。 しんとする。とりあえず、下着はつけておく。 「なんで叫んだのよ」 「⋯⋯さあ」 ドアを開くなりそう言ってきたが、反射だったのだ。 「とりあえず戻ったみたいね」 「⋯⋯」 「一件落ちゃ⋯⋯京王?」 激しい目眩に耐えかね、小田原に飛び込むように倒れる。 「えっ?ちょ、高尾ー!え、こいつ体調戻ってないんだけど!」 寝ぼけた玉川さんの魔法は、大きな後遺症を残していった。
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