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トリップ
リズ爺は、生まれてこのかた、あまり後悔をしたことがない。
薬草収集の仕事は、城へ献上する立派な役割だと思っている。道のりが長くても苦にならない。
それが今、目の前の生き物に大変困惑している。そこにしか生えていない薬草を採るために入ったあやかしの森で、妙なものを見つけた。
暗く湿度の高い森で、最初は大きなひよこかと錯覚した。ふさふさとした金色の球体が実は頭であり、物体の名称は『人間』だと、暫くして気付く。
こちらの世界には、人間が存在しない。
すべて獣に準ずる生き物だ。頭以外にも毛が生え、耳は頭のてっぺんに付き、尻尾を携え、基本的に身体が大きい。リズ爺は、爺であってもひよこ人間より遥かに大きかった。
リズ爺がまだ子供の頃、今は亡き大爺さんから、人間の存在を聞いたことがある。おとぎ話だと信じて止まなかった別個体の存在を目の前に、ただただ驚愕した。
時刻は夕方で、夕闇が迫っていた。
あやかしの森は野獣が出る。このままではひよこ人間が野獣に喰われてしまう。自分が見捨てたことになっては、良心がいたたまれない。
リズ爺はほんの親切心で、ひよこ人間を抱えた。
それが一昨日のことである。
「おい、クソジジイ、お前は何者だ」
二日間死んだように寝ていたひよこ人間が目を覚ました途端、リズ爺を「クソジジイ」と呼んだ。
リズ爺の耳はピンと立ち、気が遠くなるような怒りを覚えるが、グッと堪えた。
この子は気が動転しているから、刺激するようなことをやってはいけないと、自らに言い聞かせる。
「わしは、リズという爺さんじゃ。クソジジイじゃないわい。お前こそ誰だ。倒れたところを助けてやったのに、随分な言い草じゃな」
「……俺は、アオノショウタだけど……ってかここどこ?ユウキさんは?」
「ユウキさん……?お前一人しか倒れてなかったぞ」
「え……俺って、変なとこに来ちゃったのか。なんかヤバくねえ」
「何がヤバいのかどうか知らないが、ここはワシの家だ」
「だって、ジイさん犬っぽいじゃん。俺は人間だし、変でしょ」
彼には別世界の記憶もちゃんとあり、言動もしっかりしている。
お世辞ではないが、アオノは大変可愛い顔立ちをしていた。頭の毛が金色の所為もあってか、肌の色が大変白く見える。仕草も小さくて、口から発せられる言葉以外は小動物のように愛らしい。
「ワシから言えることは、お前のような風貌の『人間』が特殊だということだ」
「ははは、嘘でしょ」
「嘘かどうかは、その目で確かめるがいい」
「冗談ばっか。爺さんも人が悪いよ」
威勢の良いひよこ人間に、リズ爺は大変感心した。
そして、ひよこ人間が回復するまで、ここで療養させてやろうと思った。口は悪いが、内面までは悪くなさそうである。
こうして、ひよこ人間翔太とリズ爺の奇妙な同居生活が始まった。
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