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王宮医のキノは初めての個体を目の前に、医師としての好奇心を抑えきれないでいた。
アデルが連れてきた翔太に、とにかく驚かされた。世の中には、毛も尻尾も耳も無い生物が存在するらしい。一体どうやって生きているんだと、考えを巡らせた。
翔太の熱は高かった。うっすら汗をかいていて、明らかに今すぐ動けるような状態ではない。
王宮には立派な医務室が存在し、様々な薬草がある。キノは症状が落ち着くまで翔太を預かることにした。機嫌の良さそうな時を見計らって、彼を問診することにする。
翔太は最初こそ気まずそうにしていたが、次第にキノに打ち解ける様になった。
それもそのはずで、キノの所作がどことなく憧れていた結城を彷彿とさせるからであった。物腰柔らかなところと静かに笑うところが、特によく似ていた。
キノはアデルと真逆で、白銀の毛で覆われている。性格も医師らしく、感情に流されず冷静に物事を捉えることに長けていた。
「ねえ、キノはリズ爺とどういう関係なの」
「どういうって、リズ爺の家は代々薬草屋だからお世話になってる。ほら口を開けて」
「あーん……」
翔太は毛こそ生えてないが、骨格は大体同じである。口が小さいため歯は少なく、尻尾はない。感情は目か口で表すらしい。よくよく調べたら髪の毛の中に耳が隠れていた。
「今は下がっているけど、夕方になると熱は上がるね。もう4日も続いている。何が悪い病気でなければいいが」
「夜以外は元気だから、大丈夫じゃねえの」
「君は楽天的だね」
「よく言われる」
獣人は、病気よりも怪我が多い。狩猟民族のため、生傷が絶えないからだ。
反対に翔太の身体はつるんとしていて、目立った傷は見当たらない。恐らく熱は内面から出ている。
そもそも全く違う世界に生きていた未知の者の病気を治せと言われても、無理がある。
考えあぐねていると、翔太が立て続けに咳をした。この咳も、気になる咳だった。
「ごほっ、ごほっ……なあ、この咳はなんとかならない?この世界の空気はなんか重いんだよ。ねとーってしてる気がする」
「薬を作ってみよう。君みたいな人は看たことがないから、探り探りになる」
「医者冥利に尽きるじゃん」
「本当に君って人は……ちなみに、ここに来て、不安だと思ったり、帰りたいと思ったことはない?」
「…………無いと言えば嘘だけど、こっちも向こうも大して変わらないから。俺さ、家族がいないんだ。友達もあんまり。どこにいても一緒なの。そ、おんなじ」
淡々と述べ、彼はごろんと横になった。
孤独な少年は、咳をしながら薬の催促をしている。迷い子は、年の割には大人びていて、臆することなく新しい世界で生きていこうとしていた。
しかも、毎日のようにアデルが見舞い、日に日に2人で過ごす時間が長くなっていることに、悪い予感がしてならなかった。
ただの友人止まりならばいいが、次期王の弟となるアデルには、きちんとした婚約者がいる。側室として迎えるならば然り、アデルはそういう慣習を忌み嫌っていたため、尚更心配であった。
その後も、翔太の熱は止むことなく、夜になると上がる現象は、キノを悩ませるのであった。
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