第伍話 キミに愛していると言いたい

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第伍話 キミに愛していると言いたい

「まったく、1夜に3人もの娘さんが死んだなんて」  頭の痛くなる話だと、長牧は茶色い帽子の上から頭を抱えた。目の前には再び広間に集められた五百蔵家の人間たち。誰もかれもが人畜無害そうな顔を物憂げな色に染めている。……いや、1人例外はいるのだが。  鬼塚知成。  東京で自営業を営んでいると自称する何とも胡散臭い男だ。身なりは垢抜けているので帝都から来たと言うのはあながち嘘ではないかもしれないが、最近は上手い詐欺師ほど身綺麗にしているという。今、東京に身元の確認をしているところだが、裏が取れるまでは油断できない存在だと長牧は小さな目を鋭くさせた。 「あの、警部さん。ユキが見つかったと聞いたのですが」  控えめに話しかけてきたのは芳雄だ。彼はたしか3人目の被害者の父親であったと思い出しながら、長牧は努めて平坦な声で「ええ」と頷く。 「先ほど裏庭の井戸から遺体で発見されました」  長牧の言葉に広間にいる人間たちが息を飲むのがわかった。  ひそやかな声で「またあの井戸で」「どうしてあんな所に」と囁き合っているのは葵と吉松だろうか。この家の井戸で昔子どもが死んだことは長牧も知る所であったので、無理もないと思いながら視線を芳雄に戻す。 「ああ、なんてことだ……」  力なくうなだれる芳雄の目の下には、濃い隈があるのが確認できた。  聞き込みによると彼は変わり者の1人娘に手を焼きながらも可愛がっていたという。彼女が消えてからというものの毎日捜し歩いていたことからも、外聞が間違いでないことが見受けられた。 「発見したのはそこの山本巡査。それからイブキさんと鬼塚さんです」  芳雄の視線がイブキの方を向いた。青い顔をした彼は芳雄の視線を受けて目を伏せる。その様子を傍らに控えた知成が気づかわし気に見つめた。 「ただ、奇妙なことが起きているんですわ」  芳雄が何かを言い出す前に長牧は口を挟んだ。 「まず、ユキさんの死因は頭部を傷つけられたことによる失血死。凶器は井戸の傍で発見された手斧だと思われます。この手斧からは花子さんの指紋が出ました」 「そんな!」  声をあげたのは花子の母である美恵子だ。まさか自分の愛娘がそんな悍ましいことをするなんて、この手弱女が想定できるとは思えなかった。 「何かの間違いでしょう? あんな優しい子がそんな恐ろしいことを……」 「花子さんの部屋から発見された彼女の着物にも、ユキさんと同じ血液型の血が付着しておりましたので、ほぼ間違いはないでしょうな」  容赦なく紡がれる長牧の言葉に美恵子は床に崩れ落ちて顔を覆って泣き出してしまった。そんな彼女を山本が支えて部屋の端の方へと連れて行く。 「ところが、花子さんを殺したヒ素入りの頭痛薬はユキさんの所持品の中にもありましてね。自分用と思われる薬瓶の中に1錠だけ。そしてその混入されたヒ素の入った小瓶は、実月の化粧台から見つかっております」 「それはつまり……」  合点がいったように頷くイブキに、長牧は頷いて見せた。 「花子さんを殺した毒は、実月さんが仕込んだものであったと思われます。ユキさんの所持品から同じものが出たという事は、彼女は2人共を殺すつもりだったのでしょうなぁ」 「けれど、実月さんも死んでしまった」 「それなんですがね。実月さんを刺殺した凶器があの井戸の底から発見されたんですよ。この屋敷の台所にあった包丁が。さすがに指紋はとれませんが、柄の隙間に浸み込んでいた血の型は一致しました」  長牧警部は「つまりですね」と指を立てる。ずんぐりと太った指だ。 「ユキさんを花子さんが殺し、花子さんを実月さんが殺し、実月さんをユキさんが殺した事になるんですわ」  知成が顎に指をあてながら「殺意がぐるりと一周したわけだね」と軽い声を出す。 「つまり、実月さんを殺害したユキさんを花子が殺害し、実月さんの仕込んでいた毒で花子が死んだってことですか」  補足するようにイブキが問えば、長牧は「そう簡単にいけばよかったんですがね」と深い溜息をついた。 「医者先生によりますと、死んだ順番はユキさんが一番最初だって話なんですわ。あとの2人は前後するかもしれないが実月さんの方が先で、最後が花子さんだそうで」 「けど、そんなの不可能でしょう」  ぼそりと否定するイブキに、「その通り」と長牧は頷いた。 「だからもう1人、全く別の人間が実月さん……もしくは3人共を殺害したんではないかと思っているんですがね、どうでしょう?」  そう語る彼の鋭い目は、まっすぐにイブキの姿を捉えていた。
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