第伍話 キミに愛していると言いたい

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「邪推するのを避けて敢えて言わなかったんだ。せっかくできた友人に、変わり者だと思われたくもなかったしね」 「変わり者の自覚はあるんですね」  イブキの呟く声に知成が応える事は無かった。少しいらだった様子の長牧の声が割り込んで来たからだ。 「それで? この有名な探偵さんとやらは随分と訳知り顔で喋るじゃあないですか。もうこの事件の全容が解っておいでで?」 「まあ、だいたいは」  涼しい顔で知成は答える。 「ほほお、それは是非ご教授いただきたいですなあ」 「それは構わないんだけどね」  知成は少しばかり思案顔を作ってから「普段はタダ働きなんてしないんだが、イブキくんのためなら特別だ」と頷いてイブキの手を取った。 「まあ、その前にもう2、3か所みさせてもらってもいいかな?」  そんな余裕を崩さない彼の態度を不満に思いながらも、長牧は(下手な足掻きだ)と鼻を鳴らした。 少し家柄の良いだけの素人のお坊ちゃんの評判など最初から信用してはいなかった。金さえ積めば雑誌の記事など如何様にもなるだろうし、そうでなくても華族なんてものはお騒がせセレブの集団だというのが、凝り固まった長牧の意識にはある。 「じゃあ20分くらいで戻るから」  そう言い残してイブキの手を引いたまま、入口近くにいた山本を反対の手で攫い、知成は広間を出て行った。 「知成さん、どういうつもりなんです!?」  手を引かれながら声を荒げるイブキと、「何故自分まで……?」と困惑している知らない人の家に預けられた仔犬のような山本を引きずりながら、「まあまあ」と知成は朗らかに笑う。 「さすがに疑われている人を連れて歩き回るのは良い顔されないからね。山本くんは見張りの代わりだよ。私が現場をみている間は部屋の外にでもいてくれたまえ」 「は、はあ」  知成が2人を連れ立ってやって来たのはある部屋だった。この屋敷に住んでいるイブキはもちろん、この屋敷を調べ回った山本もこの部屋が誰の部屋なのかすぐにわかった。2人は顔を見合わせて、「まさか」と知成を見る。  知成は薄く笑っただけで何も答えず、イブキだけを連れて部屋の中へと入っていった。    ■ ■ ■  そこは、他の客室よりは少し広く感じる畳張りの和室だった。窓が少なく、日当たりも悪いのか部屋全体が少し薄暗い。しかし、壁際に寄せられた桐の着物箪笥も、黒檀の化粧台もかなり上等なものだと一目見てわかった。  知成はそっと目を開く。  目の前には女が2人、向き合って座っていた。  華やかな女袴を着た勝気そうな女と、白くて細い首が藤色の着物から覗く口元に黒子のある女。どちらの名前も知成は把握している。  藤色の着物の女が、薬の入った瓶を差し出した。 「これを、使えと言うのですか?」  女袴の女が唇を戦慄かせた。背中を丸めてその薬瓶を受け取るかどうか手のひらをさ迷わせている。藤色の着物の女はピンと伸ばした背の上に無機質な白い顔を置いて囁いた。 「イブキの妻になりたいのでしょう?」  ぴくり、と迷いに揺れる両肩が揺れた。その言葉は今の彼女にとってこの上ない魅力を放つ言葉だ。 「私も、できるなら貴方がいいわ」  そう言った後で、「でも私にはそんな権限はないから……」としおらしく首を振り、ちらりと目の前の女を見る。  女袴の女——実月が薬瓶を手に取るのを見て、女は密かにうっそりとした笑みを浮かべた。    ■ ■ ■ 「知成さん!」 「わっ」  はっと気が付くと、目の前にイブキの顔があった。少し下にある彼の顔が、薄く眉間に皺を寄せて不安げにのぞき込んでいる。知成が驚いて表情を崩すと、イブキは少し安堵したように息をついて距離を取った。 「心配しましたよ。部屋に入ってからずっとぼうっとしているし、何も喋らないし……この部屋に何かあるんですか? その、ここは」 「イブキくん」  知成は遮るように名前を呼んだ。 「1つ、話をしてもいいだろうか」 「話?」  小首を傾げるイブキに、「ああ、信じようと信じまいとキミの勝手だが……どうか最後まで聞いて欲しい」と神妙な顔で訴える。目の前の顔が戸惑いながらも頷くのをたしかに見届けてから、知成はゆっくりと息を吸い込んだ。 「私には、一見するだけで何が起こったのか“視える”力があるんだ」
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