第伍話 キミに愛していると言いたい

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「貴方の行動は概ね長牧警部の予想した通り。まず実月さんを唆した。農薬入りの薬を用意して、『イブキの妻になりたいのでしょう?』とでも言ったのかな」  イブキが眼下へ眼を向けると、葵は薄い唇を青く戦慄かせていた。恐ろしく思うのも無理はない。きっと、いや確実に、彼は葵が言った台詞を一字一句間違えずに諳んじただろうから。 「実月さんは言われた通りに農薬入りの薬を他の2人の薬に混ぜた。常備薬の中に混ぜるのはいい方法だね。直接手を下さなくていいし、時限式でその場にいなくてもいつかは殺せるわけだから……まさか他の2人の死んだ日に重なるなんて、予想外だっただろうね」  つらつらと並べ立ててから「貴方にとって、予想がだったことが他にもある」と人差し指で天井を指した。 「1つは、花子さんがユキさんを殺してしまったことだ。本来明朗な気質であった彼女がそんな激情を隠していたなんて、誰にもわからなかっただろうけど。それくらい、彼女は“五百蔵イブキ”を愛していたということだろうね。……彼女はイブキくんが実はイブキくんではない事を知ってしまったんだ。同じくイブキくんを取り合う仲であるユキさんによって」  知成はそこで言葉を切って、「つかぬことを聞くけど」と芳雄に声をかけた。 「ユキさんは男性よりも女性が好きだったのでは?」  痛い所を突かれたように芳雄を顔が歪められた。ユキがすでに亡くなっているとはいえ、芳雄にとってそれは隠しておきたいことだったのかもしれない。 「言いたくなければそれで結構」 「いえ」芳雄は首を振った。 「ユキはたしかに男に興味を持てない性質(たち)でした。嫌悪……とまではいきませんがね。イブキくんとならと本人が希望したので私としては願ってもないことだったのですが」  芳雄がイブキを見やった。その視線が「まさか女性だったとは」と語っており、申し訳なくなってイブキは視線を下げる。 「ユキさんはイブキくんがなつめさんだと知っていた。その事を他の2人に打ち明ける事で諦めさせようとしたんじゃないかな」 「そのために花子さんに殺されてしまったと?」  聞き返す芳雄に、知成は「ええ」と頷いた。 「芳雄さん、ご親戚である貴方ですらイブキくんがなつめさんである事を知らなかった。きっとご両親と本人しか知らなかっただろうその事を、ユキさんが知っていたのは何故だろうね?」  笑みを崩さずに「きっと、ユキさんは本物のイブキくんが井戸に落ちる所を見ていた」と恐ろしい言葉を続けた。 「もし彼女が本物のイブキを見殺しにしたのだとすれば、花子さんが彼女を殺したいほど憎く思うのも無理はない」  まるで見てきたかのように語る知成の言葉を、皆が黙って聞いている。彼が実際にそれらを“視て”きたのだと知っているのはイブキ1人であったが、芳雄も美恵子も思い当たる節があるのだろう。なんの証拠も持たない言葉の羅列に反論する様子はなかった。 「では実月さんを殺したのは誰か」  知成は長い指で自らの顎に触れる。 「実月さんもユキさんから真実を告げられたことにより怒りを抱いたはず。何せ自分に2人を殺すように唆した葵さんが、そのことを知らぬわけがないのだから」  そのままちらりと視線だけを葵に向ける。 「そして、先ほどの同じことが実月さんの身を襲った」  知成の演説を聴いているのかいないのか、彼女はイブキに手を取られたまま床に座り込んで震えている。 「しかしなぁ」  そこで口を挟んだのは長牧だ。 「夫人が殺人未遂の現行犯であることに違いはないが、彼女ら3人を死に至らしめたという物的証拠はおありで?」 「それは……」  知成が言い淀んだちょうどその時、勢いよく扉が開けられて「ありましたよ! 鬼塚さん!」と山本が顔を覗かせた。大きなビニル袋を手に下げた彼の顔は喜色によって紅潮していたが、胸から上は黒い油でべったりと汚れていた。 「山本巡査、どこに行ってたんだ!?」  があっと反射で吠える長牧に、山本は「ひぇ」と臆した声をあげる。それから恐る恐る前に進み出て、手に持ったものを拡げて見せた。 「台所の通気口の奥にかくしてあったんです」  それは藤色の着物だった。べったりと赤黒い返り血のついたそれが、一体誰のものなのかはわざわざ言葉にする必要もない。 「鬼塚さんに言われたところを探したらすぐに見つかりましたよ。まさかあんな所にあるとは……よくわかりましたね?」 「私は一見すれば大抵の事はわかるんだよ。なんせ名探偵だからね」  感心したように頷く山本の声を聞き流して、知成は「物的証拠はこれで十分だろう?」と長牧に水を向ける。  もはや葵が犯人である事は動きようのない事実だった。  再び聴衆の視線が一斉に葵の細い体に注がれる。「何て恐ろしい」と声をあげたのは美恵子だ。芳雄や晴彦は何も言わなかったが、まさかこの粛々としたおとなしい女がと、驚愕に目を見開いていた。
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