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「アオバ、市場に行かないか?」
「うん、行く」
リュカの誘いを碧馬は断らない。一緒に出掛けるのは嬉しくて、とても楽しい。
市場には肉や野菜のほかに手作りの菓子や屋台もあって、それを食べ歩くのが楽しみだった。碧馬はドライフルーツ入りのマフィンやハチミツ漬けの果実がお気に入りだ。
自警団の食堂ではそういう甘いものが置いていないので、初めて市場に連れてきてもらったときは、本当に飛び跳ねるくらいおいしく感じた。
そんなに喜ぶ碧馬を見て、それ以来、リュカはこうして市場に誘ってくれる。
「最近、すごく言葉が上達したな」
ここに来て、二ケ月が過ぎようとしていた。
「うん。だいぶ慣れてきた感じ」
「もう通訳する必要はなさそうだな」
リュカが少しさみしそうに言うから、碧馬は急いで言った。
「そんなことないよ。それに通訳しなくてもリュカと出かけるのは楽しいよ」
「そうか。このところ、ずいぶんと根を詰めて勉強しているようだから、誘っていいか迷ったんだ」
「ああ、それは。もっとしっかりしなくちゃと思って」
「しっかり? してるだろう?」
「そう見える? 俺、ちゃんと役に立ってる?」
「ああ。アオバが来てから自警団の事務所がいつもきれいだし、畑もちゃんと世話されてるし、とても助かってるよ」
「そう、よかった」
碧馬はほっとして肩の力を抜いた。
最近になって、思うようになったことだった。来たばかりの頃はここに慣れるのに必死で、とにかく毎日が過ぎていくだけでそこまで考えていられなかった。
でもここでの生活に慣れて言葉がわかるようになって、碧馬に少し余裕ができたせいだろう。この先のことを考えるようになっていた。
冷静になって考えると、もしかしたらもう帰れないのかもしれない。
それなら、何とかここで生きていくための方法を考えなくちゃという追い詰められた気持ちが心のどこかにあって、碧馬はその気持ちと闘うのに必死だった。
昼間はあれこれ忙しくしていて忘れていられるが、夜、自分にもらった部屋に戻って一人でベッドに横になると涙があふれた。
不安でさみしくて、帰れないのが怖くて、どうしようもなく泣けてくることがある。
「何か心配事があるのか?」
「ううん。ただ……」
広場で遊ぶ幼い兄弟とそれを見守っている両親を見て、碧馬はため息をついた。
「俺、帰れないんだなあと思って」
それを聞いたリュカは黙り込んだ。
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