交差点のミュージシャン

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 午後2時になり、日差しが強くなってきた。今日は一段と暑く、一旦どこかのお店に避難しようかと思うほどだった。  歩行者信号が青になり、たくさんの人が交差点へとなだれ込む。今まで何百回と見た風景だったけれども、今回は違った。 「イッツ、ショーッターイム!」  大きな声で叫んだあと、激しいギターの音が辺りを包んだ。 「ついにきた!」  無意識に叫びながら、交差点へ走り出す。人混みをかき分けながら、ワクワクしながらその姿を見る。そして、直後にガッカリする。  カッコいいミュージシャンを想像していたのだけれども、その姿は普通のおじさんだったからだ。いや、むしろ普通よりもちょっとだらしない姿だ。  「なにあれ。」  「え、キモッ。」  「邪魔だなぁ。」  周りの人の酷い言葉も聞こえないかのように、汗を流しながら激しく歌う。おそらく1分ほどだと思う。お世辞にも上手くはない歌を歌いきって、おじさんはギター片手に走り出す。  僕も慌てて追いかけるけれども、とても足が速い。距離がどんどん開き、見失いそうになったとき、おじさんは公園のトイレへと駆け込んでいった。僕もそれに続き、トイレに入る。  トイレはの一番奥のドアが閉まっていた。僕はドキドキしながら、そのドアをノックする。 「入ってるよ。」  素っ気ない返事が返ってくる。僕は少し迷ったけれども意を決して言う。 「あの、さっき歌ってましたよね。できればお話を聞きたいです。」  しばらく返事がなく帰ろうかと思ったとき、ドアが開いた。おじさんは僕の顔を見てぶっきらぼうに言う。 「とりあえず、外出るぞ。」
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