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公園のベンチに座ってると、おじさんは僕の隣にドカッと座る。
「で、なにが聞きたいんだ。」
おじさんは不機嫌そうに聞いてくる。さっき歌っていたような陽気な様子はどこにもない。
「えっと…どうしてあんなことしてるんですか。」
「それを聞いてどうするんだ。」
おじさんはギロリと睨む。僕は怖かったけれども正直に答える。
「えっと…どうするわけでもなくて、ただ興味があったから。あ、でもできるのなら自由研究にしようかなって。」
しどろもどろに答える僕の様子を見て、おじさんはフンッと鼻を鳴らす。そして、やはりぶっきらぼうに言う。
「全部めんどくさくなったのよ。」
「めんどくさく?」
「あぁ、金があるやつにしか聞かせらんねぇ音楽にも、いろんなしがらみや立場も、クソみてぇなプライドも。全部がめんどくせぇったらありゃしねぇ。」
おじさんはベンチから立ち上がり、僕の方に向き直る。
「おい、中学生。お前は考えたことがあるか。あの交差点を歩く奴ら一人一人に人生があることを。あの交差点の先にそれぞれ目的地があることを。」
なにを言われたのか理解できていない僕を見て、おじさんは両腕を高く上げて高らかな声で話す。
「ある奴はこれからプロポーズするのかもしれねぇ、ある奴は家族のためにてめぇの人生を犠牲にしているのかもしれねぇ、なにか大きな悩みにぶつかってる奴や、愛する人のところに帰る奴、今まさに命を絶とうとしてる奴もいるかもしれねぇ。」
おじさんは僕の方を指さす。
「そういう奴らがすれ違うのが、あの交差点だ。そんな有象無象どものすれ違う場所で、俺の叫びを伝えられたら最高だと思わねぇか?」
「でも、みんないい反応じゃなかったよ。」
言うかどうか迷ったけれども、僕はあのときのみんなの様子を伝える。おじさんは、がっかりするどころか鼻で笑う。
「そりゃそうさ。どいつもこいつも、てめぇのことで手一杯だ。その歩みを妨げる奴がいれば、悪態のひとつも言いたくなるものさ。」
「おじさんは、それでもいいの?」
「むしろ歓迎だ。自分のことで手一杯になって、苦しんでるようなクソ野郎に、ちょっとでも脇目振らせられるならな。」
おじさんはベンチに立てかけていたギターに手を伸ばし、肩に背負う。
「さ、ガキのお守りはお終いだ。俺はいくぜ。自由研究にするって言ってたか。俺の言ったことが理解できるんなら好きにしていいぜ。」
僕は突然の別れに驚いてベンチから立ち上がる。
「あ、あの、また会えますか?」
おじさんは、肩越しに不敵な笑みを浮かべて言った。
「明日の昼12時。俺の最終ライブをあの交差点でやる。来たけりゃ来い。」
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