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いつもの交差点。いつもと同じようにたくさんの人が行き交う交差点。なにも変わらない日常。僕は昨日と同じように片手でスマホをいじりながら『それ』が来るのを待っていた。
「イッツ、ショーッターイム!」
12時ちょうど。歩行者信号が青になった瞬間、『それ』は始まった。おじさんはいつの間にか交差点の中央、人混みの中央に立っていた。
盛大に鳴るギターの音色、やはり上手くはない歌声。それでもなぜか心に響く歌だった。
「邪魔だなぁ。」
「え、なにかの撮影?」
「というか、歌下手過ぎね?」
人混みの中から悪口がささやかれる。でも、僕は見た。その中で涙を流す女の人を。目頭を押さえるサラリーマンを。おじさんの歌が『クソ野郎』を救っているのを。
歩行者信号が点滅する。遠くから警察官がこちらを指さしながら走ってくる。おじさんは歌い終わったけど、走って逃げない。最終ライブと言っていたけど、このまま捕まってしまうのだろうか。
「おい、てめぇの道で行き詰って苦しんでるクソ野郎ども。」
おじさんは歌い終わり、肩で息をしながら叫ぶ。
「辛れぇときには馬鹿正直に前だけ見るんじゃなく、今日みてぇに脇目見な。そうすりゃ、意外な脇道が見つかるかもしれねぇ。その先に上手くいくなにかがあるかもしれねぇ。」
警察が人混みをかき分けながら、おじさんのところへ向かってきている。信号は赤になり、車のクラクションが鳴り響いている。
「てめぇの道に生きるのはいいことだ。でもな、そいつと心中する必要はねぇ。気楽に行こうぜ、クソ野郎ども!」
おじさんは、最後に僕の方を見て不敵に笑いながら言い放つ。
「おい、中学生!これが俺の生き様だ。次はてめぇが俺に生き様を見せる番だぜ!」
警察の手がおじさんの腕を掴む寸前で、おじさんは消えた。
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