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結局、僕はこのことを自由研究にせず、適当な観察日記で済ませた。おじさんの言っていたことは理解できていたし、自由研究にすればみんなから注目されることはわかっていた。でも、それはなにか違うような気がしたのだ。
あの最終ライブはネット上でも話題になり、幽霊ミュージシャンとして日本中、いや世界中で有名になった。そして、おじさんの正体も浮かび上がってきた。
おじさんは、やっぱりプロのミュージシャンだった。30年前に『神の歌声』と呼ばれた伝説的ミュージシャンだった。ライブで歌声を聞こうとすれば、途轍もないお金が必要になるほど有名だったらしい。しかし、あるライブの事故で喉が引き裂かれ、その歌声を失ってしまった。それからは一切表に出ることはなく、人々も忘れ去ってしまった。
おじさんの最後は、あの交差点での事故死だった。交差点の真ん中で車に轢かれて死んだそうだ。歌えなくなったことに絶望して自殺したのではないかと、当時の新聞の小さな記事には書かれていた。
本当のことはわからない。でも、僕はあの日の『最終ライブ』をやりたかったのではないかと思う。変わり果てた自分の姿を見せて、自分のようになるなと伝えたかったのではないかと思っている。
駅に列車が入ってくる。僕は地方の大学に進学する。今日はその旅立ちの日だ。大都市が地元なので、行ける大学はたくさんあったけれど、あえて地方大学に進学することにした。
おじさんに僕の生き様を見せるには、僕自身が地元を飛び出し色々見ないといけない気がしたからだ。
おじさんとのやりとりや、あの『最終ライブ』の様子、おじさんの生前のことはノートにまとめてある。
そのノートを片手に、僕は電車に乗り込んだ。
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