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きたない背中
著 綿矢リサステッグマイヤー
俺の背中はきたない。
しかし、今宵の夜空は綺麗だ。
君と初めて結ばれた夜だからだろうか、いっそうに星々がまぶしく見える。
ベランダのチェアーに座り、ふたりしてまどろんでいた。
涼しい夜に、俺の上半身は裸だ。
彼女は椅子を一歩引いて、俺の背中ばかり眺めている。
毛がわんさかと生え、できもののブツブツがキノコのように潜むこの背中が、そんなにも気になるのか。
「俺の背中なんかじゃなくて、この夜空を眺めなよ」
「興味深いのよね、この背中」
彼女は美術鑑賞を趣味としているのである。
いつの日か、ゴーギャンが好きだと言っていた。
「あ、流れ星だ」
彼女はぽつりとつぶやいた。
ようやく空へと目を向けたかと彼女の顔を見やると、いややはり、まだ俺の背中に注目している。
その瞳は麗しい。
君の瞳はサファイアブルー。君の唇は真紅の野ばら。
俺の背中は流れ星。
そういうことだ。
キューバ産の葉巻の煙で、夜空が曇ってゆく。
幕を閉じるかのように。
この空には退場してもらおう。
今夜からふたりにとって、俺の背中こそが宇宙なのだ。
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