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「マルコス」
次の日、いつものように長い長い廊下を磨いていると、僕の近くに姫様の声。
雑巾の上に置かれた手のすぐ近くに姫様の靴があった。
視線を上げなくてもわかる。
怒っている。
そのまま手を踏まれてもおかしくないと思ったくらいには。
「マルコス」
姫様は再び、僕の名前を呼んだ。
ゆっくりと、それでも一言一言はっきりと。
「ねえ、マルコス」
姫様はしゃがんで僕と目を合わせる。
その動作もとてもゆっくりで、僕の目にはとまって見えるようだった。
すっと差し出された指は僕の顎をなぞる。
僕は息をするのも怖くて、じっと耐えて黙って姫様を見つめる。
瞬きはどうしてもできなくて、眼球が微かに動くのを感じるので精一杯だ。
「どうしてくれるのよ……」
顎をなぞる手が目の前にやってきた。
姫様の真っ白い手、その人差し指の根本には
指輪の跡があった。
焼け焦げた黒い指輪の跡が。
「やってくれたわね、マルコス」
僕の顔から流れるのは冷や汗。
心の中でずっと、ずっと、
ここは平和なんだと言い聞かせていた。
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