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その日、私は母の手伝いをして台所にいた。インターホンの音が聞こえて、母が玄関にお客さんを迎えに行った。
「あらまあ、お久しぶり!」
いつもの近所の人に対するしゃべり方と違うので、どきりとした。
「また大きくなったんじゃない?」
「これ、よかったら……」
「こんなにたくさん! いつも悪いわねぇ……」
おばあちゃんも喜ぶから……と言って母は家にあげた。
久しぶりに聞く声。透だった。
瞬間、困った。どうしよう。
持て余していた感情は整理したはずだったのに、なのにどうだろう。私は今、どうしようもなく動揺している。
身体中が熱い。心臓がうるさい。
でも正直に言えば、顔を見たかったし、声も聞きたかったし、二人で話をしたかった。
それは別に特別な関係で、というわけではなく、ただ、ただ。
お盆を持って廊下を歩き、そっと仏間を覗くと、透はお線香を立てて手を合わせ終わったところだった。
「佳奈! 透君きてくれたわよ」
横でその流れを見守っていた母に気がつかれると、透はこっちを見た。
「久しぶり」
軽く微笑んだ顔が、とても優しくて恥ずかしくなった。
「……うん」
「まーたカッコよくなっちゃって。やっぱり都会に行くと違うわねぇ」
バシッと背中を母が叩き、「痛いですよ」と困ったように笑う二人のやりとりを見ても、私はまだ夢の中のような気持ちでいた。
「あら、あんたそのまま持ってきたの? 切ってくればいいのに。お母さんが切ってきてあげようか?」
お盆に丸のままの桃とお皿、包丁をのせてきた。不憫な子でも見るような目で母は私を見て、立ち上がりお盆を受け取ろうとしたが、「いいの」と断り透に言った。
「ねぇ、一緒に桃食べよう」
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