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冷たい手
「落としましたよ」
その声に振り返ると、優しそうな青年が、俺のハンカチを持って立っていた。
「ああ、すいません」
俺はハンカチを受け取る。それから感謝の意を込めて、右手を差し出した。青年は一瞬、きょとんとした表情を見せたが、すぐにそれは照れ臭そうに変わって、彼もまた右手を差し出した。俺は彼と固い握手を交わすと、すたすたとその場を去って行った。
青年は俺を見送った後、反対方向へと歩いて行く。
やがて辿り着いたのは、賑わう昼時の公園。小さな子供が大勢走り回っていて、木陰にはその親らしき人々もちらほら見える。
青年は、暫くその様子を冷たい表情で見ていたが、突然にっこり口角を上げて、走り回る子供達に近寄って行った。
「ねえ、君達」
青年が優しい声で話し掛けると、子供達はすぐさま集まって来て、珍しそうな顔で彼を見上げた。
「お兄さんと、ヒーローごっこしない?」
ヒーローごっこ、というワードに、子供達の表情はぱっと明るくなる。青年は提げていた鞄に手を掛けながら続けた。
「君達がヒーロー、お兄さんは――悪者だよ」
青年が取り出したのは、太陽の光でぎらりと輝く大きなナイフだった。
「はーい、そこまで」
俺は青年の肩に手を掛けた。驚いて振り返った彼を、にやりと微笑みながら見下ろす。
「俺のハンカチは最後の善意だったって訳か? カンダタ気取るな、若造」
「あ、あんた一体……」
「こういうもんだ」
狼狽する青年に、俺は警察手帳を突きつけた。
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