冷たい手

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 家へ帰ると、娘の愛花が出迎えてくれた。 「おかえり!」  彼女の笑顔には、いつもほっとさせられる。特に今日の笑顔は格別だ。その理由は知っている。  夏休みの今日、愛花はボーイフレンドと遊びに行ったのだ。それがとても楽しかったに違いない。 「ご飯、出来てるからね」  妻は既に他界している。俺の飯なんてどうでもいいのに、きっとその事が頭の片隅にあって、デートも思いっ切り楽しめなかったんじゃないだろうか。そう思うと心苦しかった。 「ありがとう」  一言そう言って、俺は玄関へ上がろうとした。ところがその段差に足を取られ、重心が前に傾く。 「わっ……!」  倒れかけた俺の体を、愛花が咄嗟に支えてくれた。 「ちょっと……大丈夫?」  彼女の手が、俺の手に触れる。その瞬間、俺は驚きのあまり飛びのいてしまった。 「……何?」  彼女は戸惑った表情で俺を見る。俺は慌てて、何でもない、と取り繕った。 「ご飯食べてね。私、自分の部屋に居るから」  そう言って去って行く彼女の背中を、俺はぼんやりと見つめていた。  一人テーブルに座り、置いてあった食事に手を付ける。彩り豊かで、どれも食欲のそそられるものばかりだったが、俺はどれを食べても砂を噛んでいるような味しかしなかった。  ふと、右手に目をやった。この手はさっき、愛花が俺の体を支える為に取ってくれた手だ。  ひんやりとした嫌な冷たさが、まだその手に残っていた。只の冷たい感じとは違う、あの独特な……  俺は立ち上がり、愛花の部屋へ向かった。  一段一段、階段を上る俺の頭に、妻との約束が過ぎる。  たった一人の娘を、俺が守り抜かなくて誰が守るんだ。  自分の娘が、過ちを犯そうとしているのだとしたら。彼女がもし……誰かを殺そうと目論んでいるのだとしたら。 「愛花」  彼女の部屋の前に立ち、声を掛ける。  ……返事がない。 「愛花! 入るぞ!」  俺は強引に、部屋の扉を開けた。
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