犬猿というわけでもないというが

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犬猿というわけでもないというが

 我らが近衛府大将と、太政官の半薙様は、それはもう仲が悪い。  互いを常に牽制しあい、常にその行動に目を光らせる。  ……というのが、あまり二人と関わりのない奴らの印象だ。  実際? 大将はまったく気にしていない。自分が何を言ってどう行動したところで何かとケチをつけられるのをすぐ理解して、それからは時間の無駄と言わんばかりに職務をこなす。  半薙様はそれがまた面白くないんだろう。何かと突っかかり、そこに機嫌の悪くなる出来事が加われば、その日霧雨が降っていたのすら大将のせいにされる。これにはさすがの大将も「すみません……?」と言っていた。 「いや実際どうなんだよ、半薙様と」 「どうもこうもない。俺が相手をすると極端に機嫌が悪くなるからスルーしたら更に機嫌が悪くなる。正直面倒くさい」  おお……ついに周りとうまいことやってきた大将の口から、面倒くさいという言葉が出たな。 「まあ……実際面倒くさいわよ、あれ。年甲斐もなく大将のこと僻んでるんだから余計よ」 「何故俺が僻まれないといけない」 「一、仕事ができる。二、人が寄ってくる。三、藍華様に好かれている。十分だな」  そう教えれば、余計訳がわからないという顔をされた。 「仕事は半薙様も出来るし、出来ないものは出来るようになればいいだけのこと。人が寄ってくることに関しては、半薙様は常に眉間にしわを寄せているから、寄りづらいんだろう。自業自得だ。藍華様に好かれているのは……光栄だが、それは俺のせいじゃない」  ごもっとも。 「でもそれ指摘したら余計こじれるわよね……」 「大将の爪の垢を煎じて飲ませりゃいいんじゃないの」 「何故俺」  心底嫌そうな顔をした辺り、大将ももう半薙様に対していい感情を持っていないんだろう。そりゃそうだよな。あれだけ罵声浴びせられてよく分からんこと言われて更に仕事妨害されたらな。 「多少なりマシになるかもしれないだろ。というかマシになってもらわないと困る。俺達が」 「あんな『ぎっくりをやった! 仕事は刻宮大将に回すように!』ってるんるんで歩かれたらたまったもんじゃないわ」 「……失脚させるか」  俺達から疲れが見えたんだろう。ぼそりと大将が呟いた。 「……大将?」 「さすがにまずい発言じゃないの」  大将が月代にやってきた時点でパワーバランスが若干崩れてきているのに、そこにきて失脚させるか発言。誰か聞いてたらまず俺達は巻き込まれて死ぬ。 「……二人とも、よく聞いてほしい」  ため息をついて大将が、真面目な顔をして俺達を見る。ゴクリ、と喉が鳴ったのは、果たして俺か香坂かどちらのものなのか。 「俺は藍華様の命でこの地位に就いた。藍華様の決定を覆すつもりはないし、藍華様がまだ半薙様を使える人材として扱っているなら、それを拒むつもりはない。だが」  そこまで言って大将が眉間にしわを寄せ、渋い顔をした。 「……正直……仕事の邪魔をされるくらいなら、大将も太政官も一手に引き受けて、全部自分でやる方が気も楽だし周りも気を使わないし顔色伺いもしなくていいし……」  あのじいさん、心底面倒くさい……。ため息と共に吐き出された大将の本音に、俺達はその肩に手を置いた。「老害が……」  疲れ切っているんだろう。驚くほど口の悪い大将に、俺達もため息をついた。  今度大将を呑みに連れていってやろう。そう思ったある日の午後――
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