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雪女が先か、雪男が先か
――ああ、お客さん。ごめんなさい、今ちょうど深夜零時になっちゃいました。
うちの店、深夜は付喪神(つくもがみ)のお客さん専用なんですよ。
なぜって、オレ自身が、コーヒーサイフォンの付喪神ですからね。
先代・先々代のマスターに、それはそれは大切に使われたコーヒーサイフォンなんです。
だからこう見えても、きっとお客さんより何十年も年上ですよ。まあ、付喪神として人間の姿を得て、この店――コーヒー喫茶「不夜城(ふやじょう)」を引き継いだのは、まだたったの三年ほど前のことなんですケド。
えっ? お客さんも付喪神なんですか。それは失礼しました。お姉さんくらい美人な付喪神って、見たことがなかったもんで……。
そういうことならお客さん、早く扉を閉めて、どうぞお好きな席に座ってください。さっきからひんやり冷たい風が吹き込んできてて、寒くて仕方がないや。
――あれっ? もう扉閉めてたんですか。おかしいな。なんだこの寒さ……エアコンが壊れたのか? いや、ちゃんと暖かい風、出してるし……。
お客さん、ひょっとして付喪神じゃなく、雪女じゃないでしょうね? いや、この間、雪女や雪男に会ったとか会わなかったとか、そういう話を聞いたんですよ。
ははっ、そんな顔しないでください。雪女や雪男なんて、実際にいるわけないじゃないですか。
もっとも、人間のお客さんたちに言わせると、「この国には付喪神だっているんだから、雪女くらいいてもおかしくないじゃないか」って感じらしいですが。
まったく。誰かに大切に使われて魂を――ひいては人間の姿をも得たオレたち付喪神と、得体の知れない妖怪なんかを一緒にするなんて、失礼千万って感じですよね。
あ、それでお客さん。お客さんは、なんの付喪神なんです?
「当ててみなさい」って? 当てるとなにか景品出ます? あっ出ないんですね。まあ、少し考える時間をください。
注文はなんにします? ホットコーヒーですね、分かりました。
ご一緒に、ホワイトチョコクロワッサンなんていかがです? まあ「ご一緒に」っていっても、一緒には出せないんですけどね。
なぜって、オレはコーヒーサイフォンの付喪神ですから。コーヒーを淹れるのは朝飯前で……、口で説明するより、実際に見てもらったほうが早いですかね。
こうやって、コーヒー豆を手の平の上に置いて――ちょちょいのちょいっ、と。
……さ、いつまでもオレの手なんか見てないで、自分のテーブルのほうを見てください。今、ホットコーヒーをお出ししましたから。
――手品みたいでしょう? こうやって、コーヒーはあっという間にご用意できるんです。
ま、コーヒーサイフォンの付喪神なんだから、これくらいできて当然ですね。
本当に、朝飯前っていうか。いやべつに、食後のコーヒーだってすぐにお出しできますけどね。
雪女と雪男の話ですか? お客さん、ひょっとして……さっきオレが言ったこと、根に持ってます?
そういうわけじゃないですか。なら、いいんですケド。
それで、雪女と雪男の話ですね。分かりました、お話しましょう……あっ、こちら、ホワイトチョコクロワッサンです。お待たせしました。
ご注文の品は以上ですね。それでは、ごゆっくり――ごゆっくり、雪女と雪男のお話を、お聴きください。
……これは、先週来たお客さんから聞いたお話です。
ある冬の日、一人の男が、登山の最中に急な猛吹雪に見舞われ、遭難してしまいます。
真っ白な視界の中、男はあてもなく歩き……危うく崖から足を踏み外しそうになったことでそれ以上の行動を断念し、近くの岩壁に身を寄せるようにして、吹雪が止むのをひたすらに待っていました。
するとそこへ、どこからともなく、一人の女が現れたのです。
女は荷物を持っておらず、登山者や救急隊員のたぐいでもないのは明らかでしたが、そのときの男は吹雪をしのぐことで頭がいっぱいで、特段気にもしませんでした。
女は黙って男の隣に寄り添い、やがて吹雪が止むと、男を正しい道へと導き、男は無事に山を下りることができました。
街に戻った男は、その女のことを、「きっと雪女だったんだ」と思いました。
男はその女のことが忘れられず、時間を見つけてはその山に登るようになります。
けれど、男はいつまで経ってもその女と再会することはできませんでした。
会えないとなると、逆に思いは募っていきます。男はその山の、今はもう使われなくなっていた小屋を借り、冬中をそこで暮らすことに決めました。
ある日、男がいつものように、その雪山を登るでもなく、下るでもなく歩いていると、ちょうど一年前の、男が遭難したあの日と同じような猛吹雪に見舞われました。
男は吹雪の中をさまよううちに、一人の女と出会います。しかしその女は雪女などではなく、あの日の男と同じように、バックパックを背負って登山をしていた、ただの不運な遭難者でした。
男は黙って女の隣に寄り添い、やがて吹雪が止むと、女を正しい道へと導き、女は無事に山を下りることができました。
男はあることに気がついて、翌日朝早く、小屋の荷物をまとめて山を下り、元いた街へと戻りました。
一方、遭難しているところを謎の男に助けられたその女は、男のことを、「きっと雪男だったんだ」と思いました。
女は街に戻った後も男のことが忘れられず、時間を見つけてはその山に登るようになります。
そして……
という、お話です。このお話に題名をつけるとするなら、そうですね……『雪女が先か、雪男が先か』といったところでしょう。
お客さんは、どっちだと思います? 「分からない」? まあ、分かる分からないの話では、ないのかもしれませんね。
「代わりにクイズを一つ思いついた」? どうしてクイズなんですか? いや、いいですよ、言ってみてください。
……なんですか、それ? 「街ではそれは、食べ物を冷やすもの。でも雪山ではそれは、食べ物を冷やさないようにするもの」?
……ちょっと、分からないですね。スミマセン。
それにしても、雪山の話をしたせいか……余計に寒くなってきたような。
おっかしいな、やっぱエアコン、壊れてるのかな……。
あっ、お会計ですか。ぜひまた、店にいらしてくださいね。
それまでには、クイズの答え、考えておきますから。
あと、お客さんがなんの付喪神なのかも。
えっ? 「その二つの答えは同じ」、ですか。
――ああっ! もしかして、お客さん……冷蔵庫の、付喪神ですか……?
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