呪い

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呪い

 谷底から抜け出し、山頂に差し掛かるまで丸一日を費やした。  その間、アリアは青年から物理的な距離を置いて着いて来た。  彼女が身に纏っているのは包帯と、青年から半ば強引に奪った外套だ。 「もう少し歩いたら、休憩しよう」  青年は誰に言うまでもなく、そう言った。  灰は止み、空は澄んでいる。  『灰色の死』が濃い場所から離れていっているからだ。  地図上では、この山を越えた麓に国があるらしい。 「むぅ~~」  アリアは不機嫌そうに目を細めながらも、青年の後を追う。  時折足を止めて振り返ると、アリアもまた、足を止める。 「か、勘違いするなよ! 進む方向が同じだけだからな!」 「分かってるよ。ああ、あの場所で休めそうだ」  青年は平たい一枚岩の上に腰を下ろすと、荷物を広げ始めた。  アリアは、その前をスタスタと歩いて素通りを図る。 「君は休まないのか?」 「当たり前だ、私は急いでいる。私を処分した奴等に復讐してやるんだからな。助けて貰った事には一応感謝しているが」 「肉有るけど、食べるかい?」 「……食べる」  アリアは呆気なく早足で戻って来ると、青年の隣にチョンと座り、肉が焼けていく様を観察し始めた。  彼女は、自らを『ユニオン』だと言い、名前を教えてくれたが、それ以外の事は何も話さなかった。  特に敵意が無いので、警戒はしていない。 「んまんま」  上機嫌で肉を頬張るアリアは、純粋無垢な少女であった。  察するに、兵器として育たなかったので廃棄されたのだろう。  彼女に化け物としての面影は見当たらない。 「なあなあ、お前は何処に行くんだ?」  餌付けの効果は凄まじく、肉を平らげたアリアは興味津々といった様子で訊ねてきた。  久しぶりに人と話した為か、アリアの無垢な瞳に嘘が付けなかったのか。  青年は一度、空を仰いでから答えた。 「俺は、霊峰を目指しているんだ」 「レイホー?」 「あの山だ」  青年は遠くに聳える、巨大な山脈を指差した。  そうしてから、ゆっくりと、右手の甲に刻まれた花の刺青をアリアへと掲げる。 「それは何だ?」 「『呪い』だよ。とても強力で、厄介な『呪い』さ。俺はこの『呪い』を解く為に、霊峰を目指している。故郷に妹を一人残してな」 「そっか」  アリアは霊峰を眺めながら背伸びをした。 「でも、私にとっては幸運の『呪い』だ。そのお陰で私は死なずに済んだし、肉も喰えた」  思わず、青年は吹き出した。 「ははは、その発想は無かったよ。確かに、君にとっては幸運の『呪い』だな」 「むぅ、笑うとは何事だ! 私は真剣に言っているんだぞ!?」  アリアは顔を真っ赤にして怒ったが、愛らしさの方が遥かに優っている。 「悪かった、謝るよ。そう言って貰えて、嬉しかったのさ。ありがとう、アリア」  青年が微笑むと、アリアは顔を更に真っ赤にして顔を背けた。  そして、そのまま一人で出発してしまう。  慌てて追い掛けようとして、元々互いに一人だった事を思い出し、彼女を見送った。  だが、広げた荷物をまとめていると。 「おい、何してるんだ! 早くしろよ!」  そんな台詞が谷に反響し、クスリと笑う。 「分かった、直ぐに行く!」  叫んで、青年は荷物を背負って駆け出した。  ほんの、僅かな気紛れである筈だった。  ◆
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